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青井サイベル
青井サイベル
novelistID. 59033
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命のともす灯は

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実家にはわたしの生前から猫がいた。
猫はいい。
「かわいそう」でないから。
犬も飼ったが犬には階級の「苦しみ」があり、見ていて辛かった。
猫はいい。
悪さをしても寝てても愛でられるのだから。
いるだけで。


猫には神通力がある、と信じたのは古人だけではないだろう。
我が家の猫にも多少の不思議はあった。
喉が潰れた子は、最後に一番なついていた母の腕の中で
「鈴を振るような」可愛い声で鳴いて絶命した。
他者の引用をさせてもらおう。



少女が可愛がっていた猫がいた。
ある晩、その猫が胸に乗って告げた。
「そくさいで」
猫は去り、帰らなかった。
後年、「息災」の意を知って胸が熱くなったという。



ある人が子猫を飼っていた。
寝ていると、夢うつつで子猫がすり寄ってきた。
「かあちゃん」
子猫は姿を消した。



わたしの魂は軟弱で、そうした辛さに耐えられない。
くだんの鈴の猫も、死ぬ前に何度も病院通いをしたのだが、ある日腫れあがった眼の中の水を抜くために眼を潰された。
その時の絶叫を聴いてわたしは激しく泣いた。
一緒に来ていた弟に叱られたが、猫は弟によりなついていたから、声を上げて泣きたかったのは彼のほうだったろう。
わたしに気丈さがかけている限り、いかなる動物も手元におけない。
だから、飼わない。
かれらの苦痛を、かれらとの別れを、耐えられない。



気楽なワイルド・ライフを生きる、猫たちに逢うのが好きだ。
いつもいつも、道を歩きながら目を配る。
猫たちは存在で光り、こちらを射る。
しなやかな肢体。ますぐと放たれる視線。あるいはそれに目を細めれば返ってくる、左甚五郎の眠り猫の微笑み。柄、しっぽ、ふとっているかやせているか。



「あなたはそこで」
「ええ、わたしはここで」
「しあわせ?」
「まあまあね」
「じゃあね」
「さよなら」
束の間の邂逅。



わたしは生き物が怖い。
猫の自由を奪うことが怖い。犬に服従をさせることも辛い。小鳥をかごに入れることが悲しい。ハムスターや昆虫はやすやすとこの手の中で死にそう。
だからいやだ。
人間だって簡単に死んじゃう。



昔手首を深く切って、たくさん縫って、当時の恋人、のちのだんなさんに会ってものすごく怒られた。
「あのね。人間って簡単に死んじゃうんだよ。もうしないって俺と約束できるか?」
約束はしたが彼はのち、階段から転落してコンクリートの床に頭を強く打ち付けた。



「このままですと植物状態になります。あとはご家族の判断になりますが、どうなさいますか?」
わたしは泣いているだけだった。絶対に絶対に失いたくない。でももう二度と目を開けてくれない、喋れない。指一本動かせない。そんな状態で生きていると?

お義母さんは気丈だった。

悲しそうにわたしの顔を見て、言った。

「この子、よく頑張ったよね。もう、いいよね」。

そして維持装置が外され、彼は煙と骨になった。



猫。人。失ったかれらの上に生きている。
悲しみの上に。
この上の悲しみをやわらげてくれるのは、ほら、外からこちらを見ている猫の金色の眼。
そして今生のパル、だんなさんの寝息。
彼はいまだに思うそうだ。
わたしの亡夫と話してみたかったと。
わたしは苦笑する。
間に挟まれたわたしはたまったもんじゃないわよ、と。



街に火が灯った。
猫よ、犬よ、鳥よ、ちいさないきものたちよ、人よ、
あなたがたに素晴らしい宵が訪れますように。
作品名:命のともす灯は 作家名:青井サイベル