コンクリート釣り堀のおっさん
コンビニに寄った帰りの駐車場で、
縁石に腰かけたおっさんがコンクリートに糸を垂らしていた。
「なにしてるんですか……?」
「見てわかるだろ。釣りだよ。
ここで釣りをしていると、そりゃあいいものが釣れるのさ。
それこそ一生ものの宝がね」
そういうおっさんは竿をコンクリートに投げている。
まあ、その時は気味の悪いおっさんくらいにしか思わなかったけど
次の日も、次の日もコンクリートに竿を垂らしているから無視できない。
「俺もやっていいかな」
「だろうと思ったぞ。
お前さんのぶんの竿も、ほれ。用意しておいたんじゃ」
見たけどなんの変哲もない竿なんだ。
それどころか釣り針の先にはルアーどころか餌もない。
んで、それをコンクリートに投げ込んだわけ。
すると不思議なものでさ、針がコンクリートに吸い込まれたんだ。
「なあ、おっさん」
「なんだ?」
「本当に釣れるのか?」
「ああ、間違いない。一度釣ったからな。
本当にいいものだよ、わしが保証する」
「へえ」
釣りってのがそもそも待つものだってわかってた。
それでも、あまりに釣れないどころか手ごたえも感じないとなると
なんだか疑心暗鬼になる。
これでいいのか。
この方法で合ってるのかって。
でも、おっさんは同じことしか言わないわけ。
「大丈夫、お前さんのやり方はあってるよ。
あとはこう……話しかけやすいように、けだるげにやるといい」
「それお前の希望だろ!!」
まるでタメになるアドバイスしやしない。
しょうがなく俺が自分一人で考えるしかなくなったわけ。
ホント、最近のおっさんは使い物にならない。
で、ネットとか検索しまくって
最高の竿を持ってまたあのコンクリート釣り堀(仮称)に行ったんだ。
「おお、すごいなその竿」
「だろ? 最新の竿だ。
素人の釣り人でもプロ顔負けの釣果が出せるって話しさ」
竿を振って、コンクリートに投げ込んだんだ。
たしかあれは10分くらいかな。
それくらい経ったら、はじめて手ごたえがあったんだ。
「おおおおお! きたきたきたきた!!」
竿をぐんと引き抜くと、釣り針の先に地図がついていたんだ。
ネットでその場所を調べると未開の森。
「なんだこの地図……なんか臭いぞ。
まるで卵が腐った匂いみたいな……」
「もしかして、温泉かい?」
おっさんの言葉で体に電気が走ったかと思ったよ。
間違いなく、この地図の場所に温泉があるんだってわかったからな。
もうね、すぐにおっさんに自慢しちゃったよ。
「おっさん、どうだ! 釣れたぞ!
やっぱりおっさんのやり方は間違ってたんだ!
あのクソ竿だったから釣れなかったんだ!」
「いやいや、この釣り堀ではもっといいものを釣ったぞ」
「え」
これ以上にいいものなんてあるのか。
おっさんの言葉を「負け惜しみ」として切り捨てることもできるけど、
1等が出てないのにはしゃいだ自分が恥ずかしかった。
昔から格下に思われるのだけは我慢ならない。
"ぷぷ、お前その程度で喜んでるの"とバカにされたみたいで。
俺は持ち前の反抗心をエネルギーにして、
より良いものが釣れるように改良を加えていったんだ。
それこそ、なにかに取り憑かれたみたいに。
「おっさん! 見ろよ! 埋蔵金の地図だ!」
「おいおい、あの大会社の株だ! 株が釣れた!」
「たっ、大変だ! 美女からのラブレターが釣れた!!」
釣果はみるみるグレードアップしているが
おっさんのリアクションときたらいつも同じだったんだ。
「いいや、まだまだ。
わしが釣ったのはそんなものじゃない」
とか偉そうに言ってるわりに、
使っている竿はゴミだしお世辞にも釣りが上手そうには見えない。
ただの見栄なんじゃないかと疑い始めたころ。
ちょうど、俺がもっともっと良いものを期待して
いつしかおっさんとの時間よりも研究しはじめたころだったんだ。
「……あれ? おっさん?」
いつもの場所におっさんはいなかった。
まあ、それでも景色が違うだけで釣りには関係ないと
竿をコンクリートに向かっていつものように……
かちんっ。
釣り針は固いコンクリートに拒絶された。
最初はわけがわからなかった。
いや、コンクリートに釣り針を垂らすこともわけわかんないけど。
あのときは、「当たり前」になっていたことができなくなったことに
ただただ動揺したんだ。
そりゃ、何度も何度もトライしたよ。
でも、コンクリートはただのコンクリートになっていたんだ。
もうかつての、コンクリート釣り堀じゃなくなってた。
そこにおっさんが来た。
「あ、おっさん! 大変なんだ!
釣りができなくなってる!
まだ最高のものが手に入ってないのに!」
「ああ、この釣り堀はもうだめになってしまったんだ」
「ダメ!? ダメってなんだよ!?
俺が釣るはずのものは!?
もっともっといいものなんだろ!?」
「もうここじゃ無理だろうな」
「そんな……うそだ……」
なんかもう世界が終わったって感じ。
落ちた受験生の気持ちがよくわかったよ。
「なあ、おっさん。
最後にせめてここで何を釣ったのか教えてくれないか?
このままじゃ寝つきが悪くなる」
「ああ、もちろん」
おっさんはまっすぐ俺に指をさした。
「釣れたのは君だ。
年代も価値観も違う人と話せるなんて
本当に豊かで楽しい時間だったよ、ありがとう」
「それじゃ釣りって……」
おっさんは別れの挨拶をするとどこかへ行ってしまった。
今思えば、おっさんとの会話はみるみる減っていった。
釣り堀に価値をなくしたのは、誰でもない俺だったんだ。
・
・
・
「あの、何してるんですか?」
不思議そうな顔で少年が俺に話しかけていた。
そりゃ、こんなところで
コンクリートで釣りをしてる人なんていない。
「ああ、釣りをしてるんだよ」
「なにが釣れるんですか?」
「いいものだよ、とっても。
きっと普通に生きていたら絶対に手に入らないくらい
貴重でかけがえのないものが釣れるよ」
俺は笑って答えた。
作品名:コンクリート釣り堀のおっさん 作家名:かなりえずき