ラウレッタ
今直ぐ駈け出してあそこへ向かいたい気持ちと、ここでいつまでも見詰めていたい気持ちとが一緒になって私の身体を硬くする。何遍も見直した筈だったが、行った先に何もなかったらどうする。蜃気楼の様に、近付く程に離れて行くものだとすれば、気が付かない内に偶然ここまでやって来る事が出来たに過ぎない。そう言った事をくよくよと考え詰めている。私の上に段々と雪がかぶさり、やがて埋もれてしまっても、双眼鏡の先には相変わらず同じ光景が見えるのではないか。
不意に女がこちらへ振り返った。見られたと思った途端に私は自分の居所が分からなくなった。低い鼻筋。薄く微笑む紅の色。……(了)