しゃべるな!ゴミが増えるだろっ!
朝起きて大あくびすると、
"ふあ~ぁ"という文字がぼとりと布団の上に落ちた。
「な、なんだ!? なんだこれ!?」
今度は"な、なんだ!? なんだこれ!?"という文字が降ってくる。
なんでもない日曜日に世界は急変した。
外に出てみると、コンクリートは文字で埋め尽くされて
足の踏み場もない状況だった。
「おはよう」だとか「こんにちは」という文字もあれば
「どうなってるんだ」「なんなのよこれ」という文字もある。
やっぱりみんな戸惑っているんだろう。
自分の話した言葉が実体化してしまうなんて。
でも、人間の適応能力というのは恐ろしいもので
数日もすれば気にする人は誰もいなくなった。
道にはいくつもの文字が転がってるのが当たり前。
「どうなってるの!?」系のびっくり文字はすっかり見なくなった。
そうなると、増えてくるのは――
「ああ、またかよ」
俺の言葉にした"ああ、またかよ"が地面に落ちる。
地面にはぎっしりと悪口がすでに敷き詰められていた。
なぜか俺の家の周りはたまり場にされることが多く、
ここでかわされた悪口が家の庭を埋め尽くしている。
家に帰るたびに「あいつむかつく」「死ねばいいのに」など
ネガティブな文字を見せられるのは、なかなかつらい。
今日も掃除機で地面の悪口を回収していく。
犬の糞みたく、発言者が持って帰ればいいのに。
「まったく、これじゃいくら紙袋あっても足りないよ」
俺は自分の愚痴も掃除機で吸い取った。
掃除機の紙袋はぱんっぱんになり、悪口爆弾となっていた。
そこに、つけっぱなしのニュースが流れる。
>政府は増え続ける「言葉」の処理先が足りないことから
全世界で文字の処分を打ち止めました
という字幕。
俺の手に持っている悪口爆弾(紙袋製)は
完全に処分先を失われることになった。
使い道もないので、俺の部屋で置きっぱなしになった。
こんなの……どうしろっていうんだ。
言葉の処分がされなくなると
町は前よりずっと文字で埋め尽くされると思っていたけど
結果はむしろ逆だった。
声を使わずにSNSやアプリなどで
チャットすることが当たり前の世界になっていた。
ネットで悪口を言い合っているのか
地面には悪口が転がる光景は少なくなり、
地面にはむしろ、相手を褒めたりするポジティブな言葉が増えた。
俺も例にもれず、
チャットでの会話だけになり声なんて使わなくなっていった。
でも、チャット経由で彼女もできたし悪い気はしない。
そして、訪れた彼女の誕生日。
俺はサプライズで「愛してる」の言葉をプレゼントしようと思った。
無言でハッピーバースデイの曲をチャットで打ち込み、ローソクを消す。
すうと息を吸うと、声を出した。
「 」
が、声は出ない。
何度挑戦しても声はでない。
>なにやってんの?
彼女は俺の奇妙な行動を不思議がって、チャットを送る。
サプライズ失敗を悟り、俺は「あいしてる」をあきらめた。
後になって確かめてみると、
俺の体は声を使わない生活に慣れすぎて声が出なくなっていた。
でも、告白の言葉がチャットというのも……。
今年のゴールデンウィークには、
告白してハネムーンに行きたいと思っているのに
声が出なくて告白できなければそれも不可能。
あ、そうだ! 誰かの言葉を使えばいいんだ!
町に出ると、しめしめとばかりに言葉が落ちている。
俺が放った声じゃない文字を手に取り、持っていたハサミで切ってみる。
おなか/へった
「おなか」
おお!声が出た!
中央で切った文字を自分の口にほおばると、
口から聞きなじみのない声が出てきた。
切ったもう片方の「へった」は、
どこかに飛ばされて元の発言者の口へと戻っていく。
自分では声が出せなくなっても、
誰かの文字を使えば声にすることができる。
俺はすぐさまあたりの言葉を集めた。
数日後、なにも知らない彼女が俺の家に来た。
>伝えたいことがあるって聞いたけど?
>ちょっと待ってて
俺は彼女を待たせると、
用意していた文字を開いて先頭の文字を切っていく。
あ つし、私はあなたのことが好き
い いのよ。あんな男、遊びで付き合ってるだけだから
し らんぷりすれば大丈夫。どうせ気付かないわ
て るゆき、キスしてっ?
る -るなんてないのよ。恋には
け いけん人数はヒ・ミ・ツ
つ いてきて。今は家に誰もいないから
こ いにルールはないわ。いろんな男を愛したいの
ん んっ。だめよ、そこは……♥
し んじて。浮気がバレるわけないから
よ るは、敦(あつし)と一緒にいたいの♪
う ん。私も愛してるわ、照幸(てるゆき)
「愛してる。結婚しよう」
俺は切り貼りした言葉で、愛を告白した。
その瞬間、切り抜いた言葉がすべて持ち主の下に戻る。
目の前にいる彼女の口の中へ。
そこで初めて俺の声帯は、自分の声を久しぶりに絞り出した。
「敦って……照幸って誰だよ!?」
俺は家にあった悪口爆弾を浮気女の顔にぶつけた。
間違いなく悪口爆弾の正しい使い道だと確信した。
作品名:しゃべるな!ゴミが増えるだろっ! 作家名:かなりえずき