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アイアンメイデンの抱擁

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アイアンメイデンの抱擁 Syamu
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美しい女だった。
金髪碧眼に透き通る肌。白魚を並べたような手。やや華奢だが肉づいた躰。
だれもが傾城と呼んで相応しい見目であったはずであろう。
そう、全身を覆う茨さえなければ。
***
生まれつき体中に小さい茨がはえていた。母の胎をズタズタに裂きながら生まれ落ちた。産湯は真っ赤に染まったらしい。
結局私をかいなに抱くことも無く、母はこと切れた。
人肌の温もりを知らないまま、私は育った。
***
成長と共に、「茨」は硬く伸びていった。
異形の躰を憐れんで、気にかけてくれる人も居たけれど、誰も私に触れようとはしない。もちろん自身が危険だということは承知だし、相手から三歩下がれば言葉を交わしてくれる人も居た。それだけで十分だった。
けれどある時、ひとりの男の子と出会った。優しい人だった。茨だらけの私でも構わないと言ってくれた。臆すことなく寄り添ってくれた。
いつの間にか互いに慕うようになり、逢瀬を重ねた。
触れてみたい。
芽生えた気持ちを抑えられず、つい彼の頬に手を伸べてしまった。
「ぎやあ!」
彼は悲鳴をあげ、すぐさま身を翻した。彼の顔からは幾筋もの血が流れていた。ハッとして彼のそばへ駆け寄ろうする私を彼の手が制した。
「寄るな!寄るな!君に近づいたのは間違いだった。やっぱりお前は化け物だ!」
彼は呻きながら逃げていった。
自制しきれなかった後悔と、彼を案じる気持ちと、化け物と呼ばれ深く傷ついている心が、私の中に渦巻いていた。
ひとりぽつねんと立ち尽くし、茨からしたたる彼の血を感じた。
血というものはあたたかいのだと、はじめて知った。
この一件以来、ひとは私をアイアンメイデンと揶揄した。
***
逞しい男だった。
浅黒い肌に凛々しい眉毛。筋骨隆々の恵体。通った鼻筋。太く落ち着いた声。
誰もが頼り、信頼される男であったろう。
男の躰が黒鉄でさえなければ。
***
生まれつき体が黒鉄で、重さも硬さも尋常ならざるものであった。
身重の体、などと言って呼ぶこともあるが、僕の母ほどそれが相応しい人はなかったそうだ。僕を身籠るとみるみる体が重くなり、動きが鈍っていった。いよいよ生まれるという時分になると、担いでもらわないと立ち上がれないほどであったらしい。
僕が生まれ落ちる時も随分難儀したようで、手前の胎にいくら力を込めてもウンともスンともいかない。こりゃ坊があんまりに重すぎる、鉄の子だろうと言って、母の股ぐらに磁石を突っ込んで産婆総出で引き摺り出した。そうして生まれたのが僕だ。
***
こどもの時分から力があったから、家や村の仕事を手伝っていた。みんなの役に立てるのは嬉しかったし、母も褒めてくれた。母は目一杯に僕を愛してくれていた。
ある日ふざけて、母の背後から首元に抱きついた。母は一瞬驚いて、それから笑って振り返るだろうとおもった。
なのにあっさりと首の骨が折れ、母は死んでしまった。僕が死なせてしまった。
悲しみと後悔にまみれながら、母の亡骸を埋めた。体中が千切れてしまいそうなのに涙はでなかった。
それもそのはずだ。黒鉄の身体には血も涙も通わない。
だが、たとえ黒鉄でも、痛む心は胸にある。ここに心臓がある。ならばせめて真っ赤な血は流れるべきだろう。でなければ、この悲しみに説明がつかない。
その血がいつか、僕の体をめぐりますように。
***
出逢いは唐突だった。
母殺しの咎で村を追われた少年は旅に出て、今ではすっかり大人の男に成長していた。
森の奥、たまたま見つけた泉で一休みしようと荷をおろしていたら、泉の中ほどで水浴びをする女を見つけた。咄嗟に目を逸らそうとしたが、どうしてもできなかった。
彼女の体は不思議な輝きを放っており、それはもう美しかったからだ。
女も男の気配に気づいたが、身を隠すこともなくじっと男を見つめ返した。
たまらず男は話しかけた。
「ひょっとして君はニンフかい?」
「いいえ、人間よ。ただ、茨が生えているけれど。」
確かに彼女の体からは茨が伸びていた。細く鋭い茨が木漏れ日を受け、繊細微妙に煌めいていた。
「そういうあなたはトロールかしら?」
そうおもわれてもおかしくない程、男の巨躯は黒々しかった。黒鉄の体に重ねて数日風呂に入ってなかった。女の言葉がやたら可笑しくて、男は笑った。
***
ひとつきっかけがあれば、それからは早かった。お互い生まれながらの境遇や、それ故愛する人を傷つけてしまったことを打ち明けた。告白と共感と寂しさがふたりを近づけた。
泉のほとりで、ふたり並んで穏やかな水面を眺めて過ごした。ふたりはそうして、他者への、そして自分自身への恐れを溶かしていった。
***
抱きしめたい。抱いて欲しい。
どうしてもおもってしまう。
僕も、私も、
傷つけてしまうことはわかっているけれど、
貴方のほかに、貴女のほかに、
敵う人はいない。叶う人はいない。
衒いもなく、恥らいもなく、
抱擁を、包容を。そのひとときを。
***
その茨より硬いものはこれまで見たことがなかったけれど、彼がそうだった。優しく、そして強く抱きしめてくれた。茨はバキバキと音をたてて砕け散る。
痛くてたまらない。幸せでたまらない。彼の体中を、私の体中が感じていた。
世界にとって私は異物なのだという思いが、彼を通すことですっかりなくなった。きっと彼の胸の中が私の居場所だったのだろう。世界における私の居場所だったのだろう。
「黒鉄の身は冷たいだろう。僕にはぬくもりをあげることができないんだ。」
寂しそうに囁く彼をぎうと抱き返した。
「いいえ、ひとのぬくもりをはじめて知ったわ。貴方がくれたのよ。お返しに私のぬくもりを感じて。」
根元から折れたそこいらじゅうの茨から血が噴き出していた。
真っ赤に染まった彼は言った。
「温かくて良い心持ちだ。」
「ねえ、お願い。」
「でも、これ以上は……。」
「いいのよ、あなたの腕の中で。」
少しの沈黙のあと、彼の重く硬い胸が私の体を圧し潰した。
全身の骨と茨が軋む音を最期まできいていた。
***
血まみれの腕の中にぺしゃんこの彼女がいる。
ずっと求めていたぬくもりを教えてくれた彼女。ぬくもりを知るためにぬくもりを失った。
でも、君は血をくれた。僕が求めていた心の在り処を与えてくれた。その命を以って。
「血というものは本当に赤いんだなア。まるで錆びた鉄のようだよ。」
***
男は女殺しの罪で捕らえられた。
「お前は母殺しの前科があるな。そして此度またしても人を殺めた。最早死罪よりほかはない。」
男の首に縄をかけて吊るしたが、男が重すぎて支柱が折れてしまった。
次は火あぶりにかけたが、男の身体は明明と灼けるばかりで一向に燃えない。
四肢を馬に繋いで引き裂こうにも、どうにも硬く、馬の方がへばってしまった。
処刑人たちはすっかり参ってしまって裁判長に申し立てた。
「やむを得ん。鉄の処女に架ける。」
***
町の広場にやぐらが組まれその上には、女をかたどった鉄製の檻が鎮座している。さらに檻からは細い樋がやぐらの下まで伸び、その端には空の樽が据えられていた。
作品名:アイアンメイデンの抱擁 作家名:Syamu