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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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柔軟剤の正しくない使い方

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「なんとか言ったらどうなの!
 だいたい前から、あなたのそういう態度が許せなかったのよ!
 なにも言えないのは後ろめたいことがあるからでしょ!」

「ちがっ……」

「そうやって黙って私が悪いみたいにさせたいんでしょ!
 あなたって本当に卑怯者ねっ!」

まだ何も言ってないじゃないか。
俺の気持ちを勝手に決めないでくれ。

彼女は怒ると頑固になって一方的になる。
こうなってしまってはもう崩せない。

「あなたは私が悪いっていいたんでしょ!
 だってさっきから黙ってるものね!
 最初から別れたいっていえばよかったじゃない!」

もう我慢できなかった。

でも、怒り任せに動くからだと
手をあげてはいけないと冷静に動く頭との不一致で
俺は近くにあった柔軟剤を彼女にぶちまけた。

「ちょっと! 何するのよっ!!」

ああ、やってしまった。
こうなってはまたマシンガンでハチの巣にされるがごとくの
口撃に晒されてしまうだろう。

「……まあ、いいわ」

「え?」

「浮気じゃないんでしょ?」

「え、ああ、まあ」

「それならいい」

小一時間も一方的に怒っていた彼女の怒りがぴたりと止んだ。
それどころか、柔軟剤をぶっかけたことにも大して怒らない。

彼女のキツい性格が、まるで柔らかくなったような……。

「ま、まさか……ね」

ふと思い至ったバカげた発想を、すぐにひっこめた。


翌日、会社の堅物で有名な上司のもとへ向かった。
通称「ダメ上司」。

仕事ができないわけではない。
ただし、すべてのことに「ダメ」と断って譲らないことから
ついたあだ名が「ダメ上司」。

「今後のわが社の展開についての意見書です」

「ダメだ」

「なにがダメなんですか?
 市場の調査もしっかりしていますし、社内での意見も……」

「とにかくダメだ」

案の定、いつものように、平常運転で"理由なきダメ"が出された。
ダメ上司は不機嫌そうにずずっとお茶をすすった。

「……ダメだな、この茶。変なにおいがする」

「ああ、そのお茶、俺が入れたんですよ。
 隠し味に入れたもののにおいまでわかるなんてさすがですね」

最近は香り付きの柔軟剤が多いんだった。
そこはうっかり見落としていた。

まあ、飲んでもらったなら結果オーライ。

「ところで、君の出したこの意見書。
 まあ、いいんじゃないかな」

「先ほどと意見違いませんか?」

「まあいいじゃないか、そんなこと」

たまらずガッツポーズ。
やっぱりだ。柔軟剤は人をも柔軟にさせるんだ。

俺だけが知っている柔軟剤の秘密。
これなら、どんな頑固な人も意固地な人も柔らかくできる。

その夜、柔軟剤を爆買いして帰った。

「ちょっと、なによこの柔軟剤の数!
 こんなに買い込んでも置く場所なんてないわよ!!」

柔軟剤を彼女にぶっかけた。

「……まあ、それもいいかもね」
「だろ?」

効果のほどを確認して、明日の会社に持っていけるようカバンに詰める。
会社の上層部はどいつも頑固者ばかりだ。

この柔軟剤で柔らかくなればきっと……。


翌日、いくつもの柔軟剤を袋に抱えて家を出た。

「ふふ、さて、今日から俺の大出世のはじまりだ」

うきうきしていると、後ろから風を切る音とともに
高速で自転車がすぐ横をすり抜けていった。

「わっ! 危ねぇな! こらぁー!」

自転車は構わず突っ切っていった。
その後、べこっという嫌な音。

手に提げていた柔軟剤のボトルを詰めた袋から手を放し、
そのまま自転車のタイヤのえじきとなっていた。

「ああああ! そ、そんなぁ!」

柔軟剤はだらだらとマンホールの中へと吸い込まれていった。

「やれやれ……買い直しか……」




失った柔軟剤を買い直して、会社には遅刻出社。

まあ、怒られるに決まってるだろうが
柔軟剤があれば怖いことは何もない。

いちいち柔軟剤に触れさせる面倒があるだけだ。

「おはようございまーーす……」

「おお、遅刻か。まあ、それもいいかな。
 明日からはちゃんと来るんだぞ」

「え……?」

思いのほか怒られなかった。
上司はもちろん、同僚も誰も俺を責めなかった。

まだ柔軟剤は使ってない。
なのにいったいどうして、みんなこんなに柔らかいんだ……。

「……あっ!」

思い出したのは今朝の出来事。
俺の持っていた柔軟剤はすべてマンホールを伝い、水道管へと落ちた。

その先にあるのは……水道。
社内には水道水のウォーターサーバーが置かれている。

「そうか、あれを飲んでみんな柔らかくなったんだ。
 となると……」

俺は会社を出た。

「おいおい遅刻の次は早退かぁ?
 ま、それもいいかな」



外に出ると、予想通り町の人はみんな柔らかくなっていた。
検問している警察官でさえも、ザルのように通している。

「柔らかくしたんだ。俺がこの町の人をみんな……!」

これは使えるかもしれない。
スーパーに駆け込んで柔軟剤を山ほど買い込む。
値下げ交渉だって、柔軟に対応してくれる。

それからは大忙しだった。

各地の川の上流や、貯水池などに足を運んでは柔軟剤を入れていった。
俺の小さな侵略は誰にも気づかれずに進んでいった。

「ようし、これでもうすぐ世界中が柔軟になる。
 そうなったらまさに俺の天下だ!
 なんだって好き放題できるはずだっ!」

調べられる限りの場所に柔軟剤がまき終わる。
世界は完全に柔軟になった。

「おじちゃん、この店の品、タダでもらってってもいいよね」
「え? ああ、まあいいか」

「ねえ、君かわいいね。俺とデートしてよ」
「まあ、しょうがないわね」

「あーーなんかイライラするから、お前殴っていいよね?」
「ああ、しょうがないな」

見ず知らずの通行人を殴り飛ばして実感した。
世界に柔軟の毒が回りきったことに。

「あっはははは! 最高だよこの世界は!
 何もかもが柔軟になっている!!」

俺は嬉しくなって飛び上がった。
着地すると、妙な感触が足裏に伝わった。
まるでウォーターベッドのような……。


「わっ!? なっ、なんだこれ!?」

その瞬間、ずぶずぶと足が地面に沈下していく。
俺だけじゃない。
ビルも車も電柱も、地面にずぶずぶと沈んでいる。

「ど、どうなってるんだ!
 地面が柔らかくなって……あっ」

原因がわかったところでもう遅い。
俺は柔らかくなったこの星に沈んでいた。