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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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妊娠8か月の家の壁

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「ダメよ! 絶対にダメ!!」

「なんでパスポート取るのがダメなんだよ!
 そんなに海外が不安なのかよ!
 たかが戸籍くらいいいじゃないか!」

「ダメ! ぜっっったいにダメ!」

親が意地を張り続けたせいで、
当時まだ未成年の俺は海外旅行に行けなかった。

身分を証明するものはもちろん、
戸籍証明書は絶対に渡さなかった。

「そんなに息子が海外行くのが怖いのかよ……」

俺が赤ちゃんのころの写真も撮ってない。
小さいころの写真なんて3歳のときの七五三のやつのみだ。

そんな雑な育て方をしているわりに、
変に過保護だからますます意味が分からない。



それから、数十年が過ぎた。
この家にいるのは俺だけになった。

「ひとりで暮らすには、広すぎる家だなぁ」

ふと、壁の一部が小さく出っ張っていることに気づいた。

「あれ? こんなの前にあったっけ?」

湿気で変形したのだろうか?
それはないだろう。
こんなにもなだらかで自然なカーブは出ない。

しかも、触るとほのかに暖かい。


数日が過ぎると、壁のでっぱりはさらに大きくなった。

「い、いったいなんなんだ!?」

この家に入った人間は必ず目につくほどに大きくなっていた。
白い壁の一部が盛り上がって膨らんでいる。

「壁が壊れたわけじゃないし……。
 今までこんなことなかったよなぁ」

小さいころの記憶なんてない。
それでも、覚えている限りの記憶では
こんな珍現象が起きたことはない。

しかも、どんどん暖かくなっていってる。

「この中に……何がいるっていうんだ」

でっぱりに触れていたそのとき。
内側からぐんと押されたような感覚が掌越しに伝わった。

そこで、やっと気づいた。

「この壁……に、妊娠してるのかっ!?」

 ・
 ・
 ・

壁のでっぱりはどんどん大きくなり、妊娠線まで見えてきた。

「小さい家とか生まれるのかな……。
 いやいや、小さい壁とか……?」

壁は今にも生まれてきそうなほど膨らんでいる。
どきどきしながら壁を見つめた。

「ようし、小さな家が生まれてきたら
 不動産屋に渡して、家賃を取って大儲けして……」


ばしゃあっ。

俺が金の計算をしていると、
バケツをひっくり返されたように全身ずぶぬれになった。

「つめたっ!? な、なんだぁ!? 雨!?」

そんなはずはない。
家の中で雨が降るわけない。

でも、たしかに天井から水が……。

水びたしになった床を触ると、わずかに暖かい。
ただの水じゃない。

「……これ、もしかして、破水したのか……!?」

天井を見上げると、亀裂が入っている。
壁のでっぱりはみるみる小さくなっていく。生まれるんだ。

「お、おいおい!? キャッチするしかないのか!?
 小さくても家が降ってきて、俺が受け止めきれるのか!?」

どんなに焦っても、逃げ出すには遅すぎる。
亀裂がいっそう開くと、ソレは落ちて来た。

家でも、壁でもない。

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

普通の、本物の人間の赤ちゃんが。

「ええええええ!?
 なんで男の赤ちゃんがっ!?」

「おぎゃあ! おぎゃあ!」



最初はとまどったものの、
家から生まれた子供を育てるうちに気にならなくなった。

「壁雄(かべお)、ほら、歩いてみろ」

「だあだあ」

最初、壁雄は自分の生まれた壁ばかり見ていた。

それでも壁雄の日々の成長はとても愛おしく、
俺は狂ったように写真を撮りまくっていた。

やがて、3歳になった記念に七五三に行くことに。

「おや、似た者親子ですね。
 ささ、ぼくちゃんはこの着物を着てください。
 何十年も使っていますが、まだまだ使えますよ」

ぱしゃっ。

やや大きめの着物に袖を通した壁雄。
初めての姿のはずなのに、なぜか既視感を感じる。

「来週には額に入れて写真をお渡しします」

写真屋はにこやかに言った。
俺は出来上がりが本当に楽しみだった。


数日後、壁雄の七五三の写真が届けられた。
そこでやっと既視感の原因がわかった。

「これは……俺じゃないか……」

俺の小さいころの七五三の写真。
うりふたつなんてものじゃない。完全な一致。

「ぱぱ、どうしたの?」

見上げる壁雄の顔は、まさに俺の小さいころの顔そのもの。

両親が戸籍を見せたがらなかったのも
赤ちゃんのころの写真がなかったのも、
すべては俺の出生を隠すため……。

「ぱぱ、ぼく、この家の子、だよね?」

「ああ、そうだとも。
 パパもお前も、ちゃんとこの家の子だよ」

俺はケータイから小さいころの壁雄の写真をすべて消して、
この子が壁から生まれたことを隠し通そうと決めた。

すべて、この子が幸せに暮らせるように。