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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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80文字以上はムリな世界

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<いまどこ
<駅出たとこ
<おk

短い言葉を多用するようになって
人間の体そのものが長い言葉を話せなくなった未来。

すべての人間はノドが劣化して80文字以上の言葉を
連続して話せなくなってしまった。

いつしかそれが普通となり、
書類なども80文字制限がごく当たり前になっていた。


そんな世界で、ひとりの女がカフェにやってくる。

「お待たせ、待った?」

「ううん、ぜんぜん」

すでに席には友達が待って、紅茶を傾けている。

「で、どうしたの? 急に呼び出したりして」

「実は相談したいことがあって……」

「男?」

「まあ……」

友達の察しの良さに驚きながらも、
気心の知れた友達に悩みを打ち明けた。80文字以内で。

「私の彼氏の気持ちがわからないの。
 付き合って4年にもなるのに結婚どころか
 私の名前すら呼んでくれないの」

「名前を? それでよく4年持ったわね」

「普段は"きみ"って言うけど、なんだかよそよそしくって……。
 愛してるって言ってくれるのに
 名前を言ってくれないと……やっぱり不安で」

「ふぅん」

「婚姻届けも出してくれないし……。
 私のこと、本当に愛してくれてるか信じられないの」

女としては"大丈夫だよ"とか"きっとあなたのことが好きなのよ"と
励ましてくれる系の言葉を期待していたが――。


「浮気してるわね、その男」


「ええっ!? なんで!?」

女は思わず飛び上がった。

「男が名前を呼ばない理由はひとつよ。
 別の女の名前で呼んでしまわないようにする防衛線ね」

「それじゃ……」

「ええ、あなたのことを"ゴッホちゃん"とか
 間違って呼んだら、ほかの女の気配を探るでしょう?」

「そ、そうね……」

「最初から名前を呼ばないでおけば、
 間違えることも浮気を疑われることもないってわけ。
 狡猾な男だわ、きっと何股もしてるわよ」

「あうぅ……どうすればいいの?」

友達は残っていた紅茶をぐいと飲みほした。

「決まってるじゃない、相手に名前を呼べるか確かめるの。
 あなたのことをちゃんと愛しているのなら言えるはずよっ」


 ・
 ・
 ・

友達に背中を押されて、女は彼氏を呼び出した。

「……ちょっと話があるんだけど」

「どうしたんだよ、急に」

「あなたはいつも私のことを"きみ"と呼ぶじゃない。
 私の名前……本当にわかっているの?」

「もちろん。愛しているのは君だけだ」

「だったら!! 私の名前、言ってみてよ! 全部!!」

「それは……」

「はやくっ!!」


「…………」

彼氏は何も言わない。
それにより、女の疑惑は確信へと変わった。

「やっぱり、浮気しているのねっ!
 私はあなたの愛人でも側室でもなのよっ!!
 さようならっ!!」

女は男をひっぱたくと、さっさと帰っていった。
残された男はひとりでつぶやいた。


「だって……お前の名前、長すぎるんだもん……」


女、
パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ
ファン・ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス
シプリアーノ・デ・ラ・サンテシマ・トリニダット
ルイス・イ・ピカソちゃん。

その名前を口にできた人間はいない、
もちろん、婚姻届けも承認できなかった。