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チーズケーキ1310

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業務用スーパーで買ったチーズケーキ一パックを平らげた。豆腐1.5丁分くらいの大きさで、容器も豆腐パックそのもののようなものだった。薄黄色で、冷凍食品で、半解凍の状態でも、しっかりと全部解凍しても、宿命的なぬめりが残るような食感で、お世辞にも美味しいとは言えないような。一口目を食べたところで、ごちそうさまと言ってもよかったのだ。値段だって、250、捨てたって痛くない数字。しかし私はやけになっていたのだった。桜井の、ごめんね、本当にごめんねって表情。まるで私に同情するかのように謝るあの、ごめんねの表情。なだめるみたいにおろおろしながら、呆けて頑なに不機嫌なおばあちゃんか、スーパーで仰向けになってジタバタしながらりかちゃん人形をねだる幼稚園の女の子に向かうように。私がかわいそうな人みたいじゃないか。私はかわいそうなんかじゃないのに、私がこの世で一番かわいそうな人間みたいだったじゃないか。ああ、胸糞悪い、胸糞悪い。でも腹が減った。
戦も出来ぬと、桜井が常用して私が軽蔑していた業務用スーパーに入ってさらに胸糞悪くなってやろうと、身体から気分悪くなってやろうと、目を皿にして、十年続けて食べたら十年分しっかり体が悪くなりそうな食品を探した。
 私たちがまだ仲良しだったころ、学校の帰り道や仕事終わりに待ち合わせて桜井の家に向かう途中、よく一緒に業務用スーパーに行った。桜井は、いかにも業務用な、例えば胡麻ドレッシング2.5リットルとか、おにぎり用ふりかけ500gとか、牛肉2キロ、そういうのには手を出さないで、1本100円の大根だとか、まるごと1個200円の白菜みたいに、普通のスーパーで買うよりは少し得な食材を買っていた。
子供だった頃、お嬢様育ちの母が一度、業務用スーパーであんこ2キロを買って帰って来て、
「すごいでしょう、あんこ2キロ。おはぎもケーキもぜんざいも、これだけあれば十分つくれちゃうね。」
と嬉々として私と父に向かったことがあった。
「子供と夫にそんなものを食わせるつもりか。」
 あの時の、母の顔と父の顔と私の顔が、頭にこびりついて離れない。母の、ぽかんとしたうつろな顔。父の、母の行為をさげすむ小さい顔。自分の顔は見られないけれど、あの時の私の、豆粒みたいな心の顔。
 だから、業務用スーパーで、
「だってお得でしょ。」
 と、なんでもない顔でさらりと言った桜井に、惹かれたし、ものすごい頼もしさを感じたのに。

「ごめんね。もうさとみのこと、好きじゃないんだ。」
 ごめんね、かわいそうな、僕の恋人。もう、好きじゃないから恋人ではいられない。
 ごめんね、ごめんね。ごめんね。
 かわいそうなんかじゃないからごめんねなんて言わないで。
 言わないでほしい。だけど、私といるとお得だよ。私、可愛いし、胸もあるし、料理本を見なくたって筑前煮もローストビーフも、バースデーケーキだって作れるから、お得だよ。
 24歳と32日。桜井とすごした5年と3日。
 チーズケーキがお腹に溜まって気持ち悪い。
 気持ち悪いけど1310キロカロリー、
 私の為に
 燃えてくれ。

作品名:チーズケーキ1310 作家名:豆田さよ