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働く人

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芋熊さんは、たいてい木曜日の20時にやってくる、秀寿司の常連客である。芋熊、というのは、ぼわぼわとして聞き取りにくい声で注文する様子が熊のようであることと、頭の形がさつま芋を彷彿とさせるものであることから、よし子がつけたあだ名だ。もちろんよし子の頭の中限定のものである。
芋熊さんは、かなりの下戸らしい。
一品料理や酒のアテがメニューに多く、(秀寿司の主人は、言い訳のように、いつかは寿司一本で… と、メニューの豊富を褒めるお客に言う。褒められているのだから、それが売りなんですとか、ありがとうございますとか、笑顔で応えればいいのに、と思う。寿司一本のメニューは、もっと高級なお店に任せておけばいい。)壁にはキープボトルがずらりと並ぶ秀寿司に来るお客には、圧倒的に酒飲みが多い。
芋熊さんは、ウーロン茶しか頼まない。
ウーロン茶とともに、これでもかという数の一品料理と、寿司を一人で頼み、一人で食べきる。
赤貝、甘海老、太刀魚の造り。メバルの煮つけ、かんぱちのサラダ、タケノコの天ぷら、玉ねぎと人参とサクラエビのかき揚げ、小芋まんじゅう。タコ、中トロ、うなぎ、さより、エンガワの握り。新香巻、干ぴょう巻、なみだ巻。玉子の赤だし。
いつもと同じように、今日も沢山頼んでは、やって来た順にもくもくと平らげた。
ごちそうさまをして、あがりをすすりながら一言、
「明日から出張なんですよ。」
憂鬱そうと言うのでもないけれど、本気で明日のプールを嫌がる泳げない子供のような様子。
「どこに行かれるんですか。」と主人。
「九州ですね。」
「気の進まなそうな。」
「ですねぇ。」
「夜なんか、楽しそうじゃないですか。」
「夜?」
「お酒とか。…ああ、ご飯でも。」
「…そうですねぇ。まあ、仕事がうまくいけばねぇ。」
芋熊さんの一言に、今日学校でお弁当を食べた後にドーナツ二つを平らげたことを後悔して、バイト中もせこせこと、太らないか緊張しいしい動き回っていたよし子の肩の力が抜ける。芋熊さんの憂鬱に比べれば、なんだ、ドーナツ二つなんて屁でもないな、と。
肩の力が抜けて動きやすくなったよし子が、芋熊さんが帰った後、かえってさっきよりもてきぱきと片づけ物をしているときに、秀寿司の主人が呟くのを聞いた。
「俺も出張行きてえなぁ。」
聞けば、芋熊さんも足が軽くなるだろうか。

作品名:働く人 作家名:豆田さよ