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触りたい。

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押せばかしゃかしゃ音を立てて転げていくまるいころころしたものをユウコちゃんが持ち帰ってきた。
「ほれ」言ったユウコちゃんの手から転げたころころは、かしゃかしゃ音を立てながら台所を斜めに進む。ガスコンロの下の作り付けの壊れたレンジの下には用途不明の穴があって、一応カバーするように黒い鉄がはめられてはいるが猫の手でも簡単に開けられる。その鉄に当たってかしゃかしゃ音は止んでころころは止まった。転げている間はおもしろいけれど止まると何にも面白くない。なんの変哲もないまるだもの。
 え、動かないのか。動かないのか。もうかしゃかしゃならないのか。転げないのか。
 僕を含む何匹かがころころを囲む。じっと見つめる。転げないのか。
「ふふ」笑って、「ほれ」ユウコちゃんがころころを持ち上げ手放すと、またかしゃかしゃなりながらころころ転げる。何だこれ、顔にかいたまま追いかける者、物思う暇もなく体が勝手に動き出す者、猫ところころどちらもの動きを息を止めて見つめる者(僕)がいる。
「気になるなら触ってみれば?」大して面白くもないのに見入ってしまうテレビドラマで、賢くないけどとびきり魅力的な女の子が言ったセリフだ。人間には、乳を求める以外の気持ちで乳房を求めるこころがあるらしく、女の子の言葉はその言葉に素直になれないいじらしい男の子に向けられたものだった。「えー気持ちわる。」ユウコちゃんが言う。乳房の中身以外を求める気持ちが僕にはない、今では乳すらも求めなくなって長いので余計にわからない。だから賛成も反対もできない。気持ち悪いならみなけりゃいいのに、思っても言えない。
ゴロちゃん(兄弟だ。)はムッツリとした真顔のまま、ころころを触らずにいられない様でひたすら手を出しながら追いかけている。その様子がいかにもムッツリらしい。きっとゴロちゃんは外に出されてころころを与えられても、ムッツリとシカメツラしたまま触らずにいるんだろう。そう思わせるような、欲望の爆発を、ころころに手を出し続けるゴロちゃんを見ていて感じる。魅力的な女の子に「気になるなら触ってみれば?」と言われた男の子が、何かを爆発させてしまったような。
でも。それができるゴロちゃんはまだかわいい、そしてかしこいと僕は思う。ムッツリと言われようとも、欲望を爆発させる様子が少々キモチワルくとも、ゴロちゃんは「触れば?」と誘われて、触ったのだから。触ったところ、触り続けている限りころころはかしゃかしゃと音を立てて転がり続け、ゴロちゃんは触ったりじっと見つめたりを繰り返しながらころころと遊び続けている。うらやましい。そう、僕はうらやましい。
「気になるなら触ってみれば?」ころころは、無言で僕を誘っている。まるい輪郭、押せばかしゃかしゃなり、押せば転がり続けるこのころころ。ころころに触りたい。触ってかしゃかしゃならせたい。肉球との相性は良いだろうか。そもそも、触ったとたんにべろべろばぁアンタのためになんか鳴ってやらない転げてやらない、と言われたりしないだろうか。あぁ、ゴロちゃんがうらやましい。誘惑に負けることを何かに許されて、許されれば、許した相手にすら有無を言わせず押しまくる。どういう神経をしているのか、何を考えているのか、兄弟だけどわからない。でも、うらやましい。ゴロちゃんのムッツリ裏に隠れたさっぱりとした(そうは見えないけれど)欲望にすなおなこころと手がうらやましい。
「気になるなら触ってみれば?」ころころは僕を誘い続けている。僕は誘いに乗れないで、じっとそれを見つめている。
作品名:触りたい。 作家名:豆田さよ