観葉植物人間だとしても
友達もいない。
家には俺だけしかいない。
「はぁ……寂しいな」
日に日に人との出会いは少なくなって
寂しさは毎日募るばかり。
「かといって、人間は嫌だなあ。
一緒に暮らせば嫌な部分ばかりが目に入るし……」
一緒に暮らせば気を遣うことが増える。
疲れて家に帰って、そこからさらに気を遣うなんて……。
「……まあ、観葉植物でも置いてみようか」
手間がかからない植物でも置けば紛らわせるかも。
お店に行ってみると、さまざまな観葉植物の中に異質なものが混じっていた。
「観葉植物……人間?」
鉢植えから人間が生えていた。
これにも値札が付いて、どうやら買えるらしい。
「あの、これ……」
「ああ、観葉植物人間ですね。
手間もかからないのでお勧めです」
店主の言葉に乗って観葉植物人間を1つ買っていった。
部屋には1人というか1つ家族が増えた。
「こんにちは」
「…………」
「あの、聞こえてますか?」
「…………」
観葉植物人間はなにも答えない。
触っても撫でても髪の毛一本反応しない。
なんだか不思議な存在だった。
「ただいまーー」
深夜2時。
すっかり仕事で遅くなり帰ると、植物人間が待っていた。
おかえりも何も言いはしないけれど、ただそこにいた。
「今日は残業で大変だったよ」
「…………」
「お得意様がカンカンでさ、その対応で忙しかったんだ」
「…………」
植物人間はなにも答えない。
だけど、それがとても心地よかった。
深夜2時に愚痴を聞かされれば普通の人間じゃ怒るだろう。
植物人間はただ静かにじっとしていてくれる。
「買って、よかったな」
購入から数日で観葉植物人間を好きになっていた。
それから数週間。
家にある鉢植えは何個も増えていた。
「雅美、おはよう。聡、眠そうだな。
結弦、コーヒー飲むか? 恵美、今日も元気だな」
植物人間にはそれぞれ名前を付けた。
性格や特徴も考えて、それぞれの恋愛関係なんかも決めた。
もう俺の家はひとつの国になっていた。
「それじゃあ、行ってきます」
家を出る前に、部屋で待つ植物人間に声をかけた。
今日も頑張れそうだ。
「田中太郎さんですね?」
家を出たとたんに、スーツ姿の男に呼び止められた。
「そうですけど……なにか?」
「あなたの家ですが、近隣の住民から苦情が出てるんですよ」
「苦情? 夜中にうるさくしたりしてませんよ?」
「そうじゃなくて、観葉植物人間です」
男は名刺を出した。市の職員らしい。
「俺の観葉植物人間がなにかしたんですか?」
「あなたの家に何個もある植物人間が不気味なんですよ。
近隣住民も怖がってしまっている」
「何個なんて言い方しないでください!
何人ですっ」
「どっちでもいいですがね。
あんな不気味なもの家に置かれたら景観も壊すんですよ。
なんとかしてくださいね」
「なんとかって……俺の家なんだから好きにさせてくれ!」
職員を振り切った後も、頭の中はそのことでいっぱいだった。
まるでゴミ屋敷を掃除するみたいな冷たい言葉。
その言葉に屈するのだけは嫌だった。
その日はたまたま早く帰れた。
家の近くを通りかかると子供が遊んでいた。
「お前あの家入ってみろって」
「お化け植物の屋敷だろ?」
「絶対食われるって」
「石投げてみようぜ」
子供は俺の家を指さしながら石を投げ込んだ。
窓ガラスが割れて石が窓際に置かれている植物人間に当たった。
「なにするんだ!! お前っ!!」
俺は子供の胸倉をつかんで持ち上げた。
それを見ていた親がすっ飛んでくる。
「うちの子になにするの!!」
「やっぱりあの家に住む人は頭おかしいわ!」
「この子たちが家に石を投げ込んだんですよ!!」
「子供相手に怒るなんて……ひどいわ!」
言い返したいことは山ほどあったが、
それよりも家にある植物人間が心配なので家に戻る。
部屋は散乱した窓ガラスのそばに血を流す聡の姿。
「ああ……聡、痛かったよなぁ……。
今日はいい天気だからって……
俺が窓際に置かなければこんなことには……」
ひどく落ち込んだ俺を追いつめるように、
1通の手紙がポストに叩き込まれた。
『強制撤去通達』
手紙には植物人間たちが景観を破壊している。
だから、市の権限ですべての鉢植えを取り上げるというものだった。
家にある36人をぐるりと見回した。
1クラス分もいるこの人たちを全部撤去するなんて。
※ ※ ※
「田中さん! 田中太郎さん! 開けてください!」
「鍵がかかってる。最後まで抵抗するつもりだな」
「開けろ」
職員は用意してきた合鍵で、部屋を開けた。
「……うわっ」
部屋にはずらりと植物人間が並べられて不気味な光景になっていた。
「田中さん! 通達通り撤去しますね!」
反応はない。
「平日のこの時間だから仕事に行ってるんだろうな。
もっと抵抗するかと思ったけど、これは楽でいいや」
「さっさと運んでしまおう」
職員は鉢植えに入った人間たちを次々にトラックへと運ぶ。
大雑把にやっているので、一度植物人間を傷つけてしまった。
「……あれ? 今、動いた?」
「バカ言え。観葉植物人間が動くかよ。
痛みも感情もありはしない」
「気のせいか」
職員は全部の鉢植えを運び終わると、部屋が広く感じた。
「よし、37個搬入完了だ。お疲れさま」
「おつかれっしたー」
トラックは静かに倉庫に向けて発車した。
すべてが倉庫に運び終わると、1人の人間が動き出した。
「聡、岬、楓、美波、雅美、結弦、香織、
千歳、優斗、正志……みんな。
ここが新しい我が家だよ」
田中太郎は倉庫の中で、観葉植物人間に囲まれて笑っていた。
作品名:観葉植物人間だとしても 作家名:かなりえずき