タスケテ!たらい回し職人!
「あれやっといて」
「お前ヒマだろ? やっといて」
「え、あの……はい」
昔から断ることができない難儀な性格。
なんとかしたいと思っていても、
周りとあつれきが生まれそうで断ることもできない。
そして、今日も泣く泣くサービス残業だ。
「はぁ……なにやってんだろ……」
会社のパソコンで自分のことをふと検索してみた。
【人 頼み 断れない 対処】
検索エンジンがはじき出したのは、
思ってもみない形での解決策だった。
「たらいまわし……職人?」
たらい回し派遣会社『TARAI』。
話を聞くだけ聞いてみようと連絡を取った。
『はい、たらい回し職人派遣会社です』
「あの、どういった仕事をするんですか?」
『どんなこともたらい回ししますよ。
辛くて我慢していることなどをたらい回しして
あなたの負担をぐっと抑えます』
「……その、それによって周りから怒られたりしませんか?」
『その点はご安心ください。
周りの人間関係に傷一つつけません』
すっかり興味をひかれた俺は雇うことに。
翌日、スーツの男が小さなイヤホンとともにやってきた。
「これを耳にはめてください」
「え?」
"聞こえますか? ここから私がたらい回しの指示を出します"
「なるほど、これならバレませんね」
「それじゃ私は別の場所にいるので。
安心してください、しっかり指示は出しますよ」
イヤホンをつけて準備万端。
とにかく、仕事を押し付けられてパンク寸前のこの状況。
たらい回し職人の力を借りて多少でも楽ができれば……。
頼むぞ、職人。
祈りつつも仕事をしていると上司がゆっくりやってきた。
その足取りからして、理由はひとつ。
「やぁ、ちょっと仕事頼まれてくれるかい?」
やっぱりだ。
上司の目からは断れない光を感じる。
すると、すぐにイヤホンから指示が飛んだ。
俺はその言葉を復唱する。
「わかりました、もちろんです。
ただ、その件ですと山田さんの許可を取らないと
僕個人で行動することはできないんです」
完璧だ。
どこにも付け入るスキを与えないたらい回し。
これを言われたら"いや、お前がやれ"と押し通すことは難しい。
ありがとう、たらい回し職員!!
「……そうか」
「ええ、そうです」
「でも、実はこの仕事はその山田が君にと言われてね。
これは許可が下りているということなんじゃないかな?」
「……え?」
一気に血の気が引いた。
何この展開、聞いてないよ。
上手くたらい回しして責任転嫁してくれるんじゃないのか。
「あっ……!」
逃げ道を探すように見回した俺の目に、
上司の耳についている"それ"が映り込んだ。
イヤホン。
上司も、俺と同じようにたらい回し職人を雇っている。
いや、俺だけじゃない。
この会社の誰もが俺と同じイヤホンをつけていた。
慌ててマイク兼用イヤホンに声をかける。
「お、おい! どうなってんだよ!
みんなたらい回し職人を雇っているじゃないか!!
これじゃ責任転嫁しても回り回って俺のところに舞い戻る!」
"ええ、そうですね。
全員にイヤホンを渡したのは自分ですから"
「なんでそんなことを……」
"いいから、あなたは私の指示に従ってください。
ここからはプロの仕事です"
「ふざけるなっ。信用できない!」
"そうですか。では、リモートモード起動"
耳から微量な電気が流れたかと思うと
自然に口が動いて言葉をすらすらと出し始めた。
「山田さんの許可はわかりました。
では、その許可を取った事実を佐藤さんとは共有してますか?」
「佐藤、ね。あいつにはまだ連絡していない」
「この仕事は佐藤さん管轄の仕事でもあるので、
山田さんの承認と佐藤さんの許可、
そして渡辺さんの確認が必要となるんです」
「ああ、渡辺さんが言うには
この書類はうちの大友さんともかかわりがあるから
一度大友さんの許可と方針を合わせる必要があるな」
まさに阿吽の呼吸。
口をついて出るたらい回しの言葉の数に自分でも驚いた。
言葉を交わすたびに人名がぽんぽん出てきて、
どんどん誰が責任で何をするのか役回りがあやふやに。
いつしか気が付くと、無駄話をしている自分に気付いた。
「それじゃ、仕事頑張れよ」
上司は去ると、後に残ったのは何もなかった。
"どうです? 実感していただきましたか?
たらい回しするには1人の力だけではダメなんです。
みんなで責任を回すことが大事なんです"
「ああ、よくわかったよ、ありがとう。
おかげで仕事も闇に葬られたよ」
俺に積まれる予定だった仕事は、
許可とか書類とか確認とか共有とか。
いろいろなプロセスを経て誰にも気づかれないまま消えた。
たらい回し職人、おそるべし。
「ありがとう、たらい回し職人!
おかげで誰も傷つけることなく、楽になれたよ!」
"こちらこそです。次もおまかせください"
たらい回し職人がいる限り、俺の仕事は増えない。
上手いこと責任者をぼかしてくれる。
誰も傷つかず、誰も辛くない環境。
本当に最高だ!!
みんな幸せになれることこそ、最高!!
すると、同僚がなぜか賞状をもって社内にやってきた。
「おい、どうしたんだ? そんなに慌てて」
「大変だ! 前にうちの会社で出した企画が大ヒットしたんだ!
それでプロジェクト責任者に1000万円の賞金が!」
その瞬間、
「俺が考えた!」
「私が関わったわ!」
「いいや僕が責任者だ!」
「なにいってんだ責任は俺だ!!」
たらい回し先の人間たち全員が立ち上がった。
この後、責任権を奪い合う醜い争いが始まることになる。
「たらい回しなんて……するんじゃなかった……」
作品名:タスケテ!たらい回し職人! 作家名:かなりえずき