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青井サイベル
青井サイベル
novelistID. 59033
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悲哀など川に投げ捨ててしまいなさい

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先年の桜見物は、目黒川だった。
花曇りの花冷え。人出は多く、スマートホンのシャッター音がそこかしこで、した。
なんでもかんでも記念。一億総記念屋さん。
わたしは目に焼き付けるのみにしたかったが、桜はやはりただものではない。
花数でもって威容を放ち、本数が多ければほとんど軍隊なみの迫力。
一、二枚は携帯におさめた。


桜というのはなんだろう。
へんな花だ。
現在日本各地にある「ソメイヨシノ」は種で増えたのでなく、すべて挿し木。
クローンだ。
聞けば単体で増殖できないらしい。
全国にそれだけのクローンがああして咲く。すこし、怖い。
アンドロイドは電気桜の夢を見るか。
電気桜、というのはある。そこらじゅうでライトアップされる、夜に白く浮かび上がる花々。


数日、調子が悪い。
どうにもイライラして仕方がない。
それも単なる「もうっ」的なかわいいイライラではなく、
「全員皆殺しにして自分も切腹する」
と本気で考えるくらいの重度なもの。
怒りの底には必ず悲しみがある。
その悲しみがなんなのか、自分でもよくわからない。
目黒川の黒い水面を思い出す。
そのおもてに散りゆく花弁たちを。


河育ちである。
大きな河が近くあり、子供時代はもちろん大人になってもしょっちゅう、用もないのに遊びに行った。
河の印象はいつもグレーで、じゃらじゃらと音をたてて流れ、誘うような誘わないような神様を思い起こさせた。
フナもクチボソもウグイもナマズも蛙もタニシもカワエビも獲った。
藻に足を取られて何度も転んで尻を濡らした。
石切りもした。
ゴムボートで中州に行って陣地の旗を立てる冒険をした。
すかんぽの茎をしがいて吸った。
草笛を習った。
すすきも取った。
環境がよくない頃は流れの渦に大きな泡が立ちのぼっていた。
じゃらじゃら。じゃらじゃら。
流れていた。


厳しい悲しみを、もてあます。
河へ行きたい。
コンクリートの間に挟まれ、桜に囲まれ、人々にふちをなぞられ、周囲にお洒落なスポットが軒をなす、幸福なんだか不幸なんだかわからない目黒川でなく、
田舎臭い故郷の河へ。
そこの神様ならわたしの悲哀を投げ込んでも叱ったり祟ったりしないことを知っている。