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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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レトルトパウチ幸せ(3分)

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不採用

貴殿のますますのご活躍を心よりお祈りしております。




「んぬぅああああ!!」

彼氏は荒れて壁に自分の頭を打ち付けた。

「ちょっと、落ち着いて!
 まだ2社残ってるじゃない!」

「もうだめだ! 100社受けて全部落ちるんだ!
 俺の幸せなんてもうこの世界にないんだ!」

「大丈夫よ! あんなに努力したじゃない!」

彼氏は面接が上達する本をしこたま読んで、
セミナーにも顔を出し、書類も毎日必死に書いていた。
その努力に関しては私も認めるところだった。

「努力したって無駄なんだ!
 現に結果が出てないじゃないか!
 俺はこのままホームレスになって野垂れ死にだ!」

ヒステリックに叫ぶ彼氏を落ちつけようと
私はお湯で『レトルト幸せ』を出した。

「これは……?」

「さっき見つけたの。
 お湯で幸せを温めて味わるんだって。
 私も初めてだけど買ってみたの」

彼氏はレトルトの袋を開けた。

「はぁぁ~~……嬉しいなぁ」

「落ち着いた?」

「ああ、すっごく落ち着いたし幸せな気分だ。
 レトルト幸せ、これはすごくいいなぁ」

良かった。
努力を認められないと誰しも不安になる。

私はすっかり安心していた。


数日後、同居している家に帰ると彼氏がスウェット姿で寝転がっていた。

「あれ? 今日、面接じゃなかった?」

「あーー……そうだったな。
 なんかもうめんどくなって、止めた」

「ええ!?」

部屋を見回すと、買いためた履歴書も手つかず。
就活用のスーツもくっしゃくしゃだ。

「ねぇちょっと! 就職する気あるの!?」

「どーせうまくいかないんだ。やるだけ無駄だ。
 それに俺にはこれがある」

彼氏は温めていたレトルト幸せを開ける。
鍋にはいくつもの「幸せ」がまとめてお湯に入っていた。

「ふわぁぁ~~幸せだなぁ。
 これさえされば、ほかには何もいらない」

「何言ってるのよ! レトルトの幸せばかりとっていたら
 体に悪いに決まってるでしょ!」

レトルト幸せを取り上げようとした私の手を、彼氏が払った。

「お前になにがわかるんだ!
 人間はみんな幸せになる方がいいに決まってる!
 俺の唯一の……かけがえのない幸せを取るな!」

「え、ええ~~……」





やがて、彼氏はすっかりレトルトジャンキーになってしまった。
部屋には空のレトルト幸せの袋が転がっている。

「……ということで、新しい幸せの味を追加お願いします」

彼氏が電話を切った。

「どこにかけていたの?」

「メーカー。いつも同じ幸せだとさすがに飽きるから。
 新しい幸せのバリエーションを増やすように要望を出した」

「就活はしないの?」

「なんでする必要がある?
 幸せを今こうして味わえているのに、
 これ以上なにがいるっていうんだ?」

ダメだ。
このままじゃこの人はダメになる。

私は意を決して、レトルト幸せを取り上げた。

「なにするんだっ」

「いい加減にしてよっ!
 レトルト幸せにばかり頼って全然努力してないじゃない!
 前はあんなに頑張っていたでしょ!?」

「いいんだよ、どうせ努力しても無駄なんだ!
 何度も否定されて認められなかった俺の気持ちがわかるかっ」

「わからないよ!
 でも、レトルトの幸せばかり取ってなんになるの!
 そんなのただの現実逃避じゃない!」

「うるせぇ! 文句があるならどっか行ってくれ!
 俺はこの幸せを守りたいんだ!!」


ピンポーン。

「速達でーーす」


まさに完璧なタイミングでインターホンが鳴った。
危うく「もう別れましょう」と切り出すところだった。

速達を受け取ると、封筒には彼氏の名前が宛名になっている。

「はい、あなたに」

「どうせ不採用通知だろ。メールでよこせばいいのに……」

封筒を開けた彼氏は言葉をなくした。



採用通知

選考の結果、貴殿を採用いたします。



「うわあああ! やった! やったぁ!!」

彼氏は飛び上がって喜んだ。
手に持っていたレトルト幸せなんかほっぽって。

「採用!? 受かったのね!」

「ああ、受かった! 受かったよ!
 努力が報われたんだ!! ああ、幸せだ!!」

最後に受けた1社でなんとか採用が決まった。
彼氏は涙を流しながら、私の手をにぎった。

「俺、わかったよ。
 本当の幸せは努力の先にしかないんだって。
 苦労して手に入れた幸せこそが本物なんだって」

「努力する大切をわかってくれたのね……!」

「ああ、楽して手に入る幸せなんてちっとも後には残らない。
 大事なのはどれだけ苦労したか、なんだな!
 俺、なにもかもわかったよ!」




翌日、家に帰ると彼氏は火にかけた鍋とにらめっこしていた。

「……なにしてるの?」

「火加減を見ているんだ。
 わずかでもタイミングが間違ったら水の泡だからな」

コンロの周りには、タイマーや温度計が転がっている。
よほど精密な料理をしていたのだろうか。

「さぁ、できた!」

彼氏は鍋から、新しく出たレトルト幸せを取り出した。

「いやぁ、作るのに苦労したぜ!
 お湯に2時間漬け込みながら、火加減と温度を調節しつつ
 きっかり3分おきにアクを取るくらいだからな!」

「いや、あの……」


「でも、これだけ苦労して努力したんだから
 きっと本物の幸せを感じられるはずだ!!
 いざ、おーぷん!!」

「そっちの努力じゃないって!!」