汚れなき俺のガラスぼでー
「おはよーー」
「っちょ! 近寄るなって!
もしぶつかったりでもしたらどうするんだ!」
俺はとっさに男と距離をあける。
男はただでさえ人との距離感が近い。
ハグとかしたがるタイプなんだ。
「ちょっとくらい近づいてもいいじゃ……。
わ、わ……うわわっ」
勢い余った男はそのまま壁にぶつかる。
ばしゃん、と音を立てて体の一部にひびが入った。
「……やっぱり」
「いてて……あーあ、また割れちゃった。
ガラスの体を継ぎ足さなくちゃ」
男はそう言ってどこかへ行った。
ガラスの体は不便なもので傷が自然に治ることはない。
ガラスを溶かして体につけるしかないけど、
そんなことをすれば透明感は失われる。
「このキレイな体を不純物で汚してたまるか」
俺は人と関わらないように過ごしていた。
うっかり人とぶつかってしまえば、
もろいガラスの体は簡単に砕けてしまうから。
そんな半引きこもり生活をしていても
やっぱり外出しなくちゃいけないタイミングはある。
「あれ、飲み物がない……」
俺は仕方なく近所のコンビニへと向かった。
道中もことごとく車に注意を払い、
人や自転車が来ないかを綿密にチェックした。
この最高にきれいな体を汚したくない。
「ありがとございあしたーー」
「ふぅ、無事買えたな」
何事もなくコンビニで買い物するという冒険を済ませると、
町の中心に向かって人だかりができていた。
閑静な住宅街なだけに異様な光景。
「あの、なんでこんなに人がいるんですか?」
「知らないのか? ここに新幹線ができるんだよ。
これで一気に町も活気づくぞ!」
「えええ!?」
人がいないから、この場所を選んだのに!!
しばらくすると、予想通り新幹線が通り、人通りは倍増した。
もう外に出るわけにいかなかった。
この不純物が混じっていない体を守らないと。
押し寄せる人波にもまれたら、
きっと体のどこかしらが破損してしまいかねない。
仕事も在宅のものに変えて
買い物はすべてネットで済ませるようにした。
これなら外に出るリスクを抑えられて
俺の完璧な体を守ることができる。
が。
「うっぅぅ……いっ……痛い……!!」
お腹がきりきりと痛み始めた。
顔から脂汗がにじんで尋常じゃないことがわかる。
でも、病院へ行くには外へ出なくちゃいけない。
ともすれば、手術となって俺の体が傷つけられるかも。
純度100%の最高に美しいこの体が……。
「しっ……死んだら元も子もない……!」
さんざん悩んだあげく外出を決めて外に出る。
でも、そこまでが限界。
あまりの痛みに家の前で意識を失った。
※ ※ ※
「気が付いたか?」
目を開けると病院のベッドに寝ていた。
「驚いたよ。たまたま通りかかったら
お前がぶっ倒れていたから病院へ運んだんだ」
これまでの顛末を思い出すと、
俺は慌てて自分の体をくまなくチェックした。
「よ、よかった……キレイなままだ」
どこも傷はついていないし、
どこにもガラスを継ぎ足されていない。
俺の体は不純物ゼロの体のままだった。
「ここまで連れてきてありがとう、助かった」
「気にするなって。
俺なんかはケガしまくりで、いつもここに来てるんだ。
今はもう体中つぎはぎだらけさ」
「へぇ」
「それじゃ俺はこれで」
男は病室を出ようと立ち上がった。
開けっ放しの窓から風が入りカーテンを揺らす。
わずかに漏れ入る太陽の光が、男の体を彩った。
「ああ……」
男の体はさまざまな色のガラスが溶かし混ぜられて
ガラス細工のような美しい体になっていた。
最高透明感を誇る自分のガラス体は、ひどく劣っているよう感じた。
作品名:汚れなき俺のガラスぼでー 作家名:かなりえずき