りんご
木村は、妹が嫁ぐ前の夜祥子のように布団に潜り込んできて、
「お兄ちゃん、お父さん、お母さんが亡くなった後私を抱いて寝てくれたね」
と、一晩二人抱き合って寝たことを思い出した。祥子も同じように抱きついている。暖かい、洗剤の良い香りがする。
翌朝、祥子に起こされた。
「木村さん、お勤めは、何時に家を出るの?ご飯の用意できたわよ」
「僕は、サラリーマンでないよ。一日家にいるよ」
「そうなの、働かないんだ。でも私お腹が空いた」
「朝ご飯は食べるよ」
と、起きあがると祥子はくすっと笑った。
「何がおかしいの?」
「木村さん、男だね」
四月になると木村家の庭が綺麗になる。桜や草花が一斉に咲き乱れる。
「花見しようか、昔は一家揃ってあの桜の下で花見をしたんだよ」
「私の家は貧乏だからこんな綺麗な庭はないけれど、山が春になると桜が咲き、緑が美しくなる」
「祥子さんの実家は田舎?」
「そうです、兵庫県の日本海側、今頃、山が綺麗だよ」
「漁師さん?」
「そうです、雇われ漁師、舟が一艘欲しいって何時も父ちゃん言ってる」
「高いんだろうな、漁船って、色々と機械を積んでいるんだろう」
「私、金貯めているの、お父ちゃんに舟買ってやろうと」
「高いんだろうね」
「中古船で六百万ぐらい」
「大分貯まったの」
「半分ぐらいね」
「半分出してあげようか、出資金」
「木村さん、そんなにお金持ちなの」
「お父ちゃんから、初漁だって、鯛を送ってきた。刺身で食べよう」
「捌けるの?」
「漁師の娘よ。後、どうしよう。ご近所に配ろうか」
祥子の名が木村のご近所に広まった。と言っても八軒ほどで高いマンションのそこここに点在している。風俗の女だとは直ぐに知られたが、祥子は何とも思っていなかった。
二人の共同生活が一年ほどになったとき、ある夜、祥子は顔を腫らし、脚や腕に殴られた跡が痛々しく、帰ってきて無言で木村に抱きついて大泣きをした。二人とも彼女の涙で胸はびしゃびしゃになった。
泣くのが収まり気分が落ち着くまで木村は祥子を抱いていた。多分身体のあちこちに殴打の跡があるのだろう、骨や内臓に異常はないか心配だった。
「痴漢に?」
祥子は首を振る。
「店のお客さんに?」
「・・・・・・・・・・・・」
「救急車よんで病院に行こう。骨が折れてたり、内臓に傷がいったり、大変だよ、この顔はただ事ではないよ」
祥子は物を言わず首を振って拒否を表すが、木村は119へ電話をした。
即入院、病院は警察に連絡をした。
まず、木村が疑われたが、祥子が違うというので、事情聴取はなかった。が、祥子の話を警官が事情聴取後木村に概略を告げた。犯人は別れた夫で、離婚の原因も夫の暴力であったと話した。
祥子は頬の骨が折れているので、形成外科の医師が担当することになった。内臓は経過を見ると言うことで、木村は看護師に入院に必要な物を聴いて取りに戻った。
祥子の入院は三ヶ月近くになった、内臓の回復が遅れたことが入院を長引かせた原因である。
両親に弟妹が交代で見舞いに来た。その間に元夫の弁護士が面会して、裁判沙汰にしないで示談金でと、何回も頼み込んできた。
祥子に傷を負わせた元夫の両親も何回も謝罪に現れ、今後絶対に息子にこのようなことはさせないからと懇願して示談金で解決することに祥子は承諾した。
多額の金額で話が付き、祥子も綺麗な顔で退院してきた。両親や弟妹も田舎からやってきて、退院祝いをして、全員が木村の家に泊まった。
「木村さん、横に寝させて」
「いいよ、身体はもう大丈夫なの?」
「内科の方が暫く通院しなさいって。木村さん本当に有り難うね、それに今夜みんなが泊まって」
「良いよ、家は広いんだから。でも祥子さん僕の処に来たりしてて良いの?」
「大丈夫よ、お父さんお母さん承知しているから」
「何を?」
「バカネ、木村さん、これ頂戴ね、私の退院祝いに」
「え? そんなこと・・・・・・・・」
「いいでしょう、私、木村さんのお嫁さんになる」
「嬉しいけれど、年が違いすぎるよ」
「一回りぐらいでしょう・・・・・・・これ、結婚すると言っているよ」
「そうだ、祥子さん、今日友達の家に行ったら、今年のリンゴを呉れたよ、二人だけで食べよう」
「おいしそうね」
「去年は駄目だったが、今年は豊作だって、良い年があれば悪い年もあるっていうこと」
二人は皮をむくのは止めて真っ赤なリンゴを二つにしてその赤い皮ごと口に入れた。
「木村さん、名前はなんて言うの」
「喜三郎」
「変な名前ね」