本当にあったかもしれない怖い話
祖母の家に行ったときのことです。
その日私は、長時間の移動の上、近所で自動車事故があったとかで長く足止めをくらい、すっかり疲れきっておりました。
そのため、挨拶もそこそこに、一人だけ先に部屋で休ませて貰うことにしたのです。
母に敷いてもらった布団でうとうととすること、しばし。
どのくらい時間がたっていたかは分かりませんが、疲れはまだ抜けていませんでしたから、そう長くはなかったでしょう。
入り口の引き戸付近に、ふと、人の気配を感じました。
寝ぼけて意識のはっきりしていなかったので、それが誰なのかはわかりませんでした。
ただ、雰囲気から、中年から壮年くらいの男性だと感じました。
祖母の家ですから、当然親戚の誰かだろうと、深く考えることはしませんでした。
昼食も食べずに寝たものですから、てっきり夕飯の有無を聞くために起こしに来てくれたのだと、そう思ったのです。
動くのもだるかった私は、このまま眠っていれば、その人物は部屋を出て行くだろうと、黙って目を閉じて横になっておりました。
すると、その男性は私の予想に反して、私の足元へと移動し、じっとそこで立ち尽くしました。
どうも薄いタオルケットからはみ出した、私の足を眺めているようでした。
いくら親戚とはいえ、気持ちの悪い話です。
ですが、親戚と思うからこそ、私は何もいたしませんでした。何か理由があるのだろうと思いましたし、血を分けた相手と事を荒立てたくもなかったのです。
やがて、その男性は私の足に視線をすえたまま、静かに口を開きました。
「私の足じゃ、ない」
気配どおりの、壮年の男性の声でした。
私はぞっといたしました。
内容もそうですが、聞き覚えなど全くない声だったのです。
変に抑揚のないその声の恐怖を、何に例えればお分かりいただけるでしょうか。まるで冷たい手で撫でられているような、そんな肝の冷える心地がしました。
叫ぶことも、身動きすることさえも、恐ろしすぎて出来ません。
「私の足は、どこだ……?」
男は溜息のように呟くと、入ってきたときと同じように、静かに部屋を出て行きました。
遠ざかる男の背が、何故だかはっきりと見えました。
壁を越えて、裏の小道を進んでいく、その小さな枯れた背中も。
ええ、そうです。男は壁を越えたのです。まるで何もなかったかのように。
おかしい、ですよね。私もおかしいと思います。
ですが見えたのです。
それに、不思議なことはそれだけでは、ないのです。
私は目を瞑ったまま、あけてはいなかったのですよ。
はじめはだるくて、後半は恐ろしくて、目を開けられなかった。
なのに、小道を進んだ後、もう一度だけ振り返った姿まで、確かに見えたのです。
気づいた時には凍りつきました。
今のが何で、何故そんなところまで見えたのか分からない。
引き戸が一度も開けられていなかったことに、私はそのとき、漸く気づきました。
一つ一つは些細なことかも知れません。ですが、積み重なると、耐えられなくなるものなのですね。
許容量を超えてそのまま意識を失った私が次に起きたのは、実に翌朝のことでした。
私の朝食を並べてくれながら、母が言いました。
「昨日の事故のことだけれどね、被害者の男性は昨夜亡くなられたそうよ。しかも事故の衝撃で切断されてしまった足が、いまだ見つかっていないのだとか。お気の毒よねえ」
貴方も車には気をつけなさいよ。そう続けられた言葉に、私はもはや返すことも出来ませんでした。
あの男性は、今でも自分の足を捜しているのでしょうか。
作品名:本当にあったかもしれない怖い話 作家名:睦月真