声だけしかない世界
姿かたちなんてものはない。
お互いを認識するものは「声」のみ。
「ということで、付き合ってください!」
「あんたみたいなダミ声と付き合うわけないでしょ」
「ちくしょおおお!」
これで何連敗か。
俺の声は生まれつき酒焼けしたようなダミ声。
誰に告白しても誰一人答えてくれる声はなかった。
「ふっ、まあしょうがないよな。
人間には生まれつき才能があるんだから」
と、いい声で友達に諭された。
「お前はいい声だからそう言えるんだよ!」
「ああ、そうだな。
生まれついてからこの声である以上
モテない人間の気持ちはわからない……な!」
「「「きゃーーかっこいい!」」」
友達の声に惹かれ、黄色い歓声が上がる。
なんて羨ましい。
これ以上は劣等感で耐えられなくなる。
俺はそっと離れた。
せめて、ダミ声でも多少はマシになろうと
のどあめを買いにお店に入ったときだった。
「いらっしゃいませ」
一言だった。
うぐいすがさえずるようなその女の声に、
俺の声帯は一目ぼれしてしまった。
「ああああ、あのっ……」
付き合ってください。
その言葉がのどまで出かかったが、ぐっとこらえた。
今の段階で玉砕するわけにはいかない。
「……ということで、
モテるお前にアドバイスが欲しいんだ。
なんとかして彼女とお付き合いしたい」
「ああ、わかった。
でも彼女がどんな声なのかわからないと
アドバイスのしようもない。そこに連れてってくれ」
俺は友人と一緒にお店へと向かった。
レジから出てくる声を聞かせる。
「あの子なんだ」
「なるほど、確かに美人な声をしているな」
「だろ!? あの声をもっとそばで聞きたい!
俺はどうすれば付き合えるかアドバイスくれっ」
「アドバイスは……なにもするな、だ」
「えっ? どういうことだ?」
「あの子はこのイケボの俺が落とすということ、だ」
「えええええ!?」
しょ、紹介するんじゃなかった。
友達は節操なくレジへと向かい、いい声で手慣れた口説き文句を語り掛けた。
「君の声はまるで小川の清流のようだ。
僕の声の穢れを洗い流してくれる。
そして、君の紡ぐ言葉は……」
こちらが聞くには恥ずかしすぎるセリフも、
あのいい声で語られると様になるから許せない。
まずいまずい。
このままじゃ彼女を、友達の愛人28号にされてしまう。
しかし、俺にできることはなにもない。
ただ天に祈るしかなかった。
すると、祈りが届いたのか天の声が聞こえた。
『あなたは生まれてから今に至るまで、
本当につらい思いばかりをしてきましたね。
あなただけがモテるように力を貸しましょう』
「本当ですか!?」
『私は天使です。ウソはつきません。
では行きますよ。えいっ』
何も起きなかった。
空気が変わったくらいしか変化はなかった。
「……あの、もしかして失敗しました?」
『いいえ、大成功です。
世界の空気をヘリウムガスにしました。
この世界であなたの声は最高にモテるでしょう』
「やった! ありがとうございます!」
俺の声はそのままだった。
いくらダミ声だといっても、
鼻をつまんだような甲高い声よりはモテるに決まってる。
俺はさっきの友達のもとに戻ると、
友達は変わったヘリウム声で口説き続けていた。
「君の声は1000万ボルトの電流だ。
こうして声を交わすことでいつも刺激をもらえる」
さっきまでは様になっていたセリフも
完全なギャグ声になってしまって全然かっこよくない。
勝った。
俺はどうどうと声を出した。
「僕と、付き合ってください」
店内に響く俺の声。
この世界で俺以上にいい声を出せる人はもういないだろう。
彼女の答えはもちろん……。
「はい、喜んで♪」
ヘリウム声で答えがかえってきた。
恋心が一瞬でしぼんだ。