0.1%の雫
驚かなかった。予定通りだから。わたしの体は、いつだって予定通りに動くから。
わたしは変化が嫌いなので、例え休みの日でも、毎朝決まった時間に目が覚める。目覚ましの必要は、ほとんどない。周りからはうらやましいと言われるけれど、たまにゆっくり休みたい日にも起きてしまうのでしんどいものがある。
朝食は、いつも決まったメーカーの食パンを焼いて、何もつけずに食べる。そして牛乳を飲む。すでにその時点ではっきり目が覚めているので、コーヒーもいらない。
そしてわたしは、薬を飲む。
わたしは、避妊のためにピルを飲んでいる。まるでミンティアのように小さいその錠剤を、毎日飲んでいる。半年ほど前から続いている新しい習慣。
心配しているほどの副作用はなかった。むしろ、より規則正しい生活を送れることに喜びを感じているくらい。
わたしは、会社へ行く。毎日二時間ほど残業をして、帰宅する頃には合鍵を持った亮介が部屋で待っている。
わたしは食事を作る。テレビを観ながら食べて、片付けて、風呂の支度をして、わたしが上がる頃には、既にベッドに彼は入っている。
亮介はわたしと正反対で、気まぐれで、自由で、不規則な男性だった。
そんな彼に、腕を引かれ、あとは、ピルを飲んでいる理由を始める。このような繰り返しを、これまた半年ほど続けている。
薬を飲み始めたのと、同じ時期だった。そもそも、何かを治療するための目的ではないから、薬と呼ぶべきなのかもわからないけれど。
けれどわたしは、自分が病気なのかもしれないと思うことがある。
変化を恐れていること。
亮介を愛していること。
変化のある日々に見えて、本当に何も変化せず、静止していること。死んでいるように。
単調に繰り返し、腕の中で眠る。
「今日も、もらってきたよ。3シート分」
わたしが言うと、半分眠りに落ちかけている彼は聞いているのか聞いていないのかわからないように「うん」とだけ返事をした。
それでいい。
「0.1パーセントなんだって。妊娠する確率。もっとも、飲み忘れとか、体調の変化とか、いろいろな要因があって正確な数字じゃないみたいなんだけど」
返事がなかった。無言の間を埋めるみたいに「あいまいだよねえ」とわたしは声を出す。ばかみたいだな。
わたしは病気かもしれないな。
ピルを飲めと言われて、素直に従ったこと。
起きたら亮介はいなくなっていた。これも、たまにあることだ。メールをしても返事が来ないので、もう何も言わなかった。
シーツが自分の血で汚れているのを見て、本当に、本当に、ばかみたいだなと思う。
お腹をさすった。何もあるわけない。胃も、子宮もからっぽだ。
ばかみたいだな。わたしは、病気だな。
飲み始めて三か月目を過ぎたとき、生理が来るたび悲しくなるようになった。
0.1パーセントの確率で、命が宿っていることを期待した。
だけど本当に宿ってしまったら、困るのはわかっている。どうせ、亮介に対応しきれるわけがない。夕飯だって自分でつくれやしないのに。
けれど、浅はかに期待して、それでも毎日習慣として飲んで、ばかみたいだな。
シーツを洗うために立ち上がって、そしてまた、ピルを飲んだ。
次の0.1パーセントで、出来ていたら。また来月も、わたしは落胆をする。