傷を癒すための100の方法
考えてみればいやな思い出はほとんど男関係。
自分でも驚くが、よくもまあろくでなしばかり、と思う。
彼らは自分の悪しき性質が呼んだものだ。きっと。
口癖。したこと。貌。体。
すべて今は嫌悪。
自分の過去を否定するのは気持ちのいいことではないが、誓うことはできる。
せめて残りの人生は誠実に心地よく、生きていこうと。
だんなさんは優しく正直でまったくあたたかな人で、そのあたたかさに触れてるとおひさまに照らされているような心持になる。
なぜ。
なぜ彼を悲しませたり怒らせたり傷つけたりできたのだろう。
忘れてもらい、かつわたしが忘れるまでには長い時間がかかるだろう。
それでも二人の仲はよく、おひさまを浴びながらわたしは生まれて初めてそれを浴びる植物のようにすくすくと育つ。
日々。
そう、大切なのは日々なのだ。
それが失われることがあることを心に留めている。
例えば互いの死、考えたくもないが心変わり。
考えたくもないことは考えない。ただ日々を積み重ねる。
とてつもなくすばらしい贈り物を毎日戴くように、大切に大切に胸にだきしめる。
全身にいきわたらせる。
それを呼吸する。
うまくいった、あるいは失敗した料理。
それを笑いながら食べること。
心をこめて淹れたコーヒーや、酒を飲みながら森羅万象を語らうこと。
小さな、時には大きないさかい。
そのあとの胸を深く温める仲直り。
彼はわかっている、という確認。
恥ずかしげもなく手をつないで歩くこと。
目に見入る喜び。
老い始めた手や顔の皺やしみを、いたみはじめた体を愛でること。
緑や花を、小鳥や犬や猫を、空の色を風を、分ちあうこと。
好みでない音楽に舌を出しながら、許しあうこと。
美術展でだまって並び、立ち尽くすこと。
いくらでもある。
隠居したわたしたちには全くと言っていいほど社交性がない。
人間は互いだけでこと足りる。
深く関わる人間はもう、わたしにとっては一人でいい。
そもそも彼に隠居を「お願い」したのは、わたしの浮気だった。
短いそれは終わっていて、彼は癒すことなどできないほどに傷ついていたが、
ちょうどその頃彼の仕事がだめになった。
「仕事はもうやめて。わたしを四六時中見張っていて。」
わたしはそう言った。
彼はその通りにしてくれた。
わたしはほっとくとよそに手を出しがち。
だからもう、二度と、と。
今度こそ彼を抱きしめたまま放すまい、と。
猛烈な傷と猛烈な後悔をこれから毎日少しずつでも癒してゆこうと。
わたしの傷は時々痛む。
彼もそうだろう。
ただ、だからこそ今を宝物にできるのかもしれない。
愛に限りがあるなんてのはうそだ。
ない、そんなものは。
日毎深まる想いをいつくしみながら、つくづくと想う。
作品名:傷を癒すための100の方法 作家名:青井サイベル