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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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気まずい耐久試験

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「それじゃお願いします」

「はい、任せてください。
 誰にでも顔を似せることが自分の才能です」

俺は会場に向かった。
教室に入ると試験が始まった。

「ようこそ、スパイ候補のみなさん。
 試験の内容は気まずさに耐えてください。
 気まずさに耐え兼ねると落選です」

試験が始まると、シミュレーターが変わった。
あたりは受験者がひしめく教室から、エレベーターへ。

「あれ? ほかの受験者は……!?」


ぶっ。


冷汗が一気に流れた。
俺の体からあらがえない力でおならが出た。

しかも、タイミング悪く、
エレベーターの次の停止はあと100階移動が待っている。

うおおおおおい!
気まずい! この時間、めっちゃ気まずい!

周りの視線がチラチラとこちらを見てる。
ああ、つらい。気まずい。

『いやぁ、すみませんね。HAHAHA』
と、ふざければどれだけ楽なことか。

口から何度も出かかった言葉を飲み込んで
必死に100階エレベーターが昇るまで耐えた。

「っぷはぁ……気まずかったぁ……」

エレベーターのドアが開くと、崩れるように外へ出た。
なんとか耐えた……。

すると、高層ビルの風景から一転。
実家の一家団欒へと風景が変化した。

「ここは……」

「あら、帰って来たの。
 さぁさ、一緒にテレビでも見ましょう」

親に勧められるままコタツに入って、
なんとなくつけっぱなしのテレビを眺める。


これも試験なのか……?

だとしたら、気まずさなんてどこにもない。
それどころかリラックスしている。

「お前、最近連絡もよこさないでどうしたんだい。
 あんまり親に心配かけるんじゃないよ」

親が問いかけたタイミングで、
テレビの映像が濃厚なベッドシーンに切り替わる。


うおおおい! 気まずい!! 気まずいぃ!


親が問いかけた直後もあるので、
なんらか俺が答えを返すのが自然の流れ!

『ちょっとチャンネル変えるね』

と、一言告げるハードルは恐ろしく低い!超簡単だ!

でもっ。
この気まずさに耐えることこそ……スパイの品格!

俺はあえて何も語らずに、
"親と濃厚なベッドシーンをガン見する"という
胃に穴が開くほど気まずい状況を乗り切った。


まもなく、シミュレーションが解除された。

あたりは再び試験会場の教室に戻る。
受験者はシミュレーションが始まる前よりずっと減っていた。

「みなさん、試験お疲れさまでした。
 合否の結果は、この後番号でお伝えします」

全員に番号が書かれたカードがいきわたる。

俺の番号は『13』。
まるで受験生にでもなった気分だ。


試験官が帰ると、同じく試験を受けていた友人に話しかけた。

「やぁ、内藤。お前もスパイ試験受けてたんだな」

「ああ、君も受けていたんだね。
 ぼくは昔からスパイになることを憧れてたから。
 この試験に合格して立派なスパイになるんだ」

「一緒に頑張ろうな」
「うん」


『結果が掲示されました。
 受験者は電光掲示板で自分の番号を確認してください』


「おっ、内藤。結果が出たみたいだぞ」
「行ってみようか」

すでに電光掲示板の周りには人だかりができていた。
俺たちは掲示板を見上げて数字を確認する。



13。



「……あった。あった! あったぞ! わぁい!」

自分の数字があった。
何度確認しても間違いはない。

「やった! 合格した!
 内藤、お前はどうだった!?」

内藤は何も答えずにじっと掲示板を見ている。
その目はみるみるうるんできた。

「ま、まさか……」

「ああ、そうだよ……僕は落ちたんだ。
 合格おめでとう……本当に……」

き、気まずい……。
なんて声をかければいいんだ。

また頑張れよ、なんてのは上から目線過ぎるし。
合格してごめん、というのもおかしい。

誰か助けてぇぇぇぇ!!


『合格者は連絡があるので、教室に戻ってください』


館内アナウンスに救われた。

「そ、それじゃ俺は行かなくちゃ……!」

その場から逃げるように教室に戻った。
教室にいるのは俺だけだった。

「君が唯一の合格者だね。
 あの気まずさ試験に耐えるなんてすごいじゃないか。
 君こそ、最高のスパイになれる」

「ありがとうございます。
 今回の試験を通じて、なお一層口が堅くなった気がします」

「さぁ、合格通知書だ。
 受け取ってくれ、内藤君」



「……え?」

合格通知書には「内藤」の文字。
まさか、合格する予定だったのは俺じゃなくて……。

「合格者番号12番、内藤君。合格おめでとう」


気まずーーい!!

受け取るべきなのか!?
これは受け取っていいのか!?

受け取るのも気まずいし、
かといって、内藤に「お前が合格だ」と言うのも気まずい!

どちらにせよ、先に待っているのは気まずさの四面楚歌!

「どうした? 受け取らないのか?」

「いや、あの……」

ダメだ。俺は気まずさに耐え兼ねて口を割った。
正直に答えれば、大目に見てスパイにしてくれるかも。

「……すみません、俺は受験番号13番。
 合格するはずの内藤ではないです……」

「なんだって? 電光掲示板の表示ミスか!?」

「あの……ですけど、スパイに合格は……」

自分の身を切ったこの男気!
これは試験官に間違いなく高評価だろう。

「正直に話してくれたんだね。それじゃ君は……」



「不合格だ」


あっさり不合格になった。
流れ的に合格する感じじゃないの!?

「スパイたるもの、どんな時でも偽ることを忘れてはいけない。
 仮に合格が間違いだったとしても、それを受け取る。
 それこそがスパイとしてふさわしい資質なんだよ」

「そうですよね……ははは……」

「君はスパイ失格だ」

はっきりと告げられたその言葉には
もう付け入る隙なんてどこにもなかった。

おとなしく教室を出ようとすると、試験官が止めた。

「待ちたまえ、気まずさに耐え兼ねて
 口を割った君はスパイとしては不合格だ。だが……」

「だが?」

「だが、政治家としては君ほどふさわしい人はいないだろう」

試験官はにこりと笑って、推薦状を用意してみせた。


「気まずさに耐える頑なな部分がありつつも、
 一番大事なときには正義感で動く。
 君こそ、この世界を率いていくにふさわしい人だよ」

試験官は俺の肩をぽんと叩いた。
最高に感動的な場面。


(でも、言えない……)

(俺が替え玉受験者だということを。
 政治家になんてなろうものなら
 依頼者にどうやって報告すればいいのか……)

針山で正座させられるほどの気まずさのを味わい続けた。
作品名:気まずい耐久試験 作家名:かなりえずき