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青井サイベル
青井サイベル
novelistID. 59033
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精進落としの後で

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叔父が亡くなった。79歳、老衰だった。
連絡をもらった時はあせった。何しろ翌日は義父の所に行く予定だったし、
月火はうちで決めた待ち遠しい週二のアルコール・パーティ。
予定が狂った。
喪服の用意に時間の算段、実家や親戚との連絡の取り合い。
こんな時わたしはすぐテンパってしまって、気ばかり急く。


月曜は、涙の氷雨だった。マフラーを巻いていったので、寒さは感じなかった。
実家に着くと母がばたばたと早朝から作ったらしい料理がすで並んでいた。
炊き込みご飯。いなり寿司。玉子焼きを載せた寿司。きゃべつのソース炒め。なます。きんぴらごぼう。ぶりの焼いたやつ。
皆喪服のままぱくぱく食べて、お茶もそこそこに一路車中の集団となり、
斎場へ。


従姉弟があちこちで客と立ち話をし、忙しいキャバレーのホステスみたいにぐるぐる回っている。挨拶をすませ、手持無沙汰の長い時間。
場内には荘厳な讃美歌がずっと流れていて、「良いな」と思った。
叔父一家は無宗教だし、僧侶も呼ばない。叔父はクラシックをこのんだらしい。
すかすかと少ない花輪の前に安置された叔父の遺体。
死に顔は、ひどいものだった。
やせ衰えて、というレベルではない。即身成仏そのものに見えた。
眼が落ちくぼみすぎて、まぶたを閉じてやることすらできない、と従兄が嘆いていた。


つつがなく告別式は済み、マイクロバスで焼き場へ。
酒を飲んだり歓談している間に、叔父は骨になった。
骨に。
白い、かさついた、骨になった。


再び斎場へ戻り、精進落としの料理をいただく。
実はこれが一番の楽しみだった。
人一倍くいしんぼうのわたしは、目を輝かせた。
そりゃあもう美味しくて、ばくばくばくばく。
天ぷらが美味しい。えびに南瓜に茄子。茶碗蒸し。漬け物、野菜煮、焼鮭、刺身、わらび餅、さしみ蒟蒻、くらげ和え物。
隣の母が自分の分や来れなかった他人の分までわたしや夫の所に持ってきて、
食べなさいと勧める。
わんこ天ぷら。
母を恨むより、食べてしまう自分が情けない。


帰りは電車。
酒に酔ったうえ、天ぷらの食べ過ぎでむかむかし、おまけに寒さに本格的にやられ始めて震えがとまらない。
「ね、地元に着いたらタックっていい?寒くて我慢できない」
「いいよ」


家に着いた時の安堵といったらなかった。そしてしゃちこばった服を脱ぎ捨てた解放感。
哀れな叔父や悲しみの中にいる従姉弟たちのことなどきれいに忘れて。
暖房を入れてほかほかの春じみた室内。
自宅が暖かいこと。これも愛の一種だ。


人は逝く。
家族や自分たちの行く末を、飲みながら少し話した。
木や草のあるところに撒いて欲しい、ということで意見は一致した。
叔父は、その大切な未来への思案を、遺してくれたのだ。
きっと。
作品名:精進落としの後で 作家名:青井サイベル