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おやまのポンポコリン
おやまのポンポコリン
novelistID. 129
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竜涎香(りゅうぜんこう)

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【 竜涎香 】

 錬金術は中世ヨーロッパで盛んに研究された学問(?)で、これによって科学的な多くの発見がなされたが、肝心の金を作り出すことはできなかった。現在では金のような重金属は超新星の爆発によって、とんでもないエネルギーが放出されない限りできないと言われているので、錬金術士達がいかに有能でも目的を達成することができなかったのは当然だろう。(※・・・原子番号が隣り合わせの重金属は同位体を作ることは出来る)
 しかし金は作り出せなくても、無価値な物を高価な物に変えるという意味でいえば、現在こそ最も多くの錬金術士が暗躍する時代といえよう。


「そこで、中澤君には人工的に竜涎香(りゅうぜんこう)を作り出してもらいたいと考えているんだ」
 そう言いながら、私・中澤晴子(偽名)を安っぽいコンテナハウスが建ち並ぶ研究所に案内して来たのはカツオシ食品株式会社の社長だった。カツオシ食品はこれまで数多くの失敗を重ね、幾多の訴訟を抱えていながらも倒産せず続いているゾンビ企業だった。

「我が社は国の命令で、しばらく食品は作るなということになっているので、香料の製造に力を入れることになったんだよ。香料はうまくいくと儲かるからね」
 カツオシ社長は恥ずかしげもなく、胸を張った。

 確かに天然の香料の中には、ものすごく高価なものがある。例えば正倉院に保管されている蘭奢待(らんじゃたい)はその正体が伽羅(きゃら)とされているが、これは通常の物でさえ1グラム2万円以上もするのだ。(ちなみに金の価格は2016-3-8現在5024円)

「そこでまずは高値で取引される伽羅の製造を試みたんだけど、東南アジア原産のアクイラリアという木がワシントン条約の規制で手に入らなくてね。仕方なく原料が手に入りやすい竜涎香の製造に切り替えたんだよ。見たまえ」

 社長が勢い良くピンクのコンテナを開け放つと中からものすごい悪臭がした。そこには白衣ではなく農作業着にマスクをした女性従業員が二人おり、スコップを手に巨大な風呂桶の中で得体のしれない材料をこねくり回していたのだ。

「原料の牛糞とイカタコのゲソを混ぜているところらよ。知っての通り竜涎香とはマッコウクジラの体内に溜まった未消化物が結石化したものらからね。でも残念らことに未だ成功していないんらよ」
 カツオシ社長は鼻をつまみながらそう言った。確かに鯨は牛やカバの近似種と言われているが、こんな安直な方法で竜涎香が作れるとは思えなかった。

「中澤君は世界的に名の知れた研究者らし、その斬新な発想に僕は期待してるんらよ。彼女達は君の助手ら。仲良くやってくれたまえ」
 そう言い残してカツオシ社長はそそくさと去っていった。

「あんたが新しいく入った先生かよ。こっちさ来て一緒に原料、練るだ」
 助手の一人が臭い風呂桶の中から手招きをした。私は悲しくなった。
 カツオシ食品は、いい加減な会社だと聞いてはいたが、これほど酷い会社だったとは。

 社長が言う通り、私は二年ほど前までは世界的に有名な研究者だった。それが勇み足とも言える論文の発表でミソが付き、最先端の研究施設を追われた。その後、出身大学に戻って、無効とされた博士論文の補足説明を行おうとしても、「おおかた、春子君の事だから、またどこかのデーターのコピペに違いない」と言われて取り合ってもらえず、さらに再就職先を探そうとしても見つからず、やっと入ったのがここだったのだ。
 それだけに、ここで挫けるわけにはいかなかった!

 私は助手たちをいったん部屋から退出させると、インターネットのサイトからマッコウクジラが二頭、静岡と和歌山に打ち上げられたというニュースを探しだし、現地に飛んで砂浜に埋められる直前の死骸から胃や腸の残留物を研究用に貰い受けた。
(その際、静岡県は協力的だったが、和歌山県からは条例で禁止されているのでと拒否された。おのれ和歌山!)

 確かに香料に含まれる化学物質は同じものを人為的に作成するのは難しく、竜涎香の場合でも発表されている化学合成法は19〜35ステップを要する複雑さで産業化されていない。だからこそ化学合成ではなく自然の工程に近づけて作ってみようとするカツオシ食品の試みも分かるのだが、これでは行き当たりばったり過ぎる。やるのであれば、牛糞に含まれる細菌だけでなくマッコウクジラの体内にいる細菌や寄生虫も再現しなければならないはずだ。

 私は寄生虫のニョロニョロに悩まされながらも研究室の中にマッコウ鯨の腸内を再現させ、そこにイカやタコのゲソを投入し酸や熱などの刺激を与え続けた。すると、突然高貴な匂いが漂い出したのだ。もしやと特殊な試薬をふりかけると色が染まっているではないか。コプロスタノールとトリテルペンの一種であるアンブレインが生成されたということだ。つまり、竜涎香ができた瞬間だった。

 この報告にカツオシ社長が喜んだのは言うまでもない。なにせ原料はタダ同然の牛糞や魚市場の処理場で捨てられている刺身用のイカやタコのゲソ。それがグラムあたり二千円の竜涎香になるというのだから。

 出来上がった人工の竜涎香は世界各国の日本料理店や日本物産を扱う店などで使われ、久々に会社を潤わせた。

 しかし、そんなうまい話は長く続かなかった・・・。

 おそらく原料に不純物が混ざり過ぎているためだろう。
 製品は一月と持たずに変異し、出荷時の好ましい匂いが、悪臭へと変わっていった。

 続々と返品されて来るニセ竜涎香は1トンを超え、そのどれもが私のピンクのコンテナに運ばれて来る。
 ニセ竜涎香はイカやタコのゲソが原料とされているせいだろうか、通常の牛の糞では考えられない強力なスカトール臭がした。

「こんなことはよくあることさ。君の研究者の道は決して幕をとじたりしないから」
 打たれ強い社長はそう言って笑った。


   ( おしまい )