睡蓮の書 二、大地の章
二、大地の章・序
「どうして、戦争しているの?」
幼い頃、シエンは母親にそうたずねた。
彼は父を知らない。彼が生まれる前に、北神に殺されたのだという。
繰り返される歴史。いまだ終わらない戦争。……なぜ? そうして生まれるのは、苦しみや、悲しみばかりだというのに。
幼い息子の疑問に、母は静かに微笑んだ。
「お前は優しい子ね、シエン」
それはひどく悲しそうな笑みで。
そうして、こう続けるのだ。「お父さんそっくりだわ」と。
戦によって生まれる憎しみや怒りよりも、悲しみを強く感じるのだから、と。
母はよく書物を読んでいた。先のような疑問――なぜ戦が始まったか――を、母なりに解消しようとしているのだと、しばらく後に話してくれた。
「それは、あなたのお父さんが、いつも考えていたことなの」
父が。
父のした。
父のように。
そうして、見たこともない父親の「像」を、シエンはその内に築いていく。
……シエンの父は、地属の神だった。
地属は特に、血によってその力を継ぎ繋いでゆくといわれる。
自分に地属の血を分け与えた父。その父はなぜ、戦の発端を、その理由を追っていたのか。
書物を紐解けばおのずと知れる、地属の過去。
太陽神と生命神の、王位を巡る争い。そのはじめの戦のとき、地属の多くは生命神を支持したと言われている。
しかし、太陽神側にも僅かに残る、その血族。
彼らはなぜ太陽神を支持したのか。――いや、なぜ多くの地属神は、生命神を支持したのか。
それは、生命神に地属の血が分けられていたからという、ただ血族意識だけが理由なのだろうか?
地属として、この場に立つ意味。かつて同じ血を分けたものとして強く結びついていただろう、同属の神々との、対立。それはおそらく、どの属性よりも問うていかねばならないこと。
父は、何を知っていたのだろう?
自分はその背に、どれだけ近づけただろう?
――セトは言った。何も知らないのだ、と。
その言葉が胸に重くぶら下がったままだ。
たとえ奴の意味したものとは違っても、確かに認める。自分はまだ、過去の事実を知っているとはいえない。
時の砂に埋もれ、隠されたものを引き出さねばならない。
地属であるがために。
父が、そうしようと努めたように。
作品名:睡蓮の書 二、大地の章 作家名:文目ゆうき