海の向こうから
四 蔵
次の日、私は学校から帰ってきてすぐに、おじいちゃんに相談して蔵を開けてもらうことにした。日曜日に海で拾ってきたファイルの正体がアナログのレコードである話をしたら
「ほぉ、そうか。久し振りに聞いたぞ、その単語」
と言って目を細めていた。遠い昔のおじいちゃんの青春時代はよくレコードで音楽を聞いたものだと昭和の昔話を次々としてくれた。この時代の人には身近なものだったんだろう、当時の流行歌を唄ってくれた。それが上手なのかはわからないけど。
「それで、蔵を開けてくれと言うのはどういうことじゃ?」
「あの中にレコードをかける機械があるかな、と思って」
「ほうほう」おじいちゃんは顎をさすって考える「確かに昔は家にあったけんど、ゴミに捨てた記憶はないなぁ。ひょっとしたらあるかも知れん」
「でしょ、でしょ?おじいちゃんも懐かしのレコードってのを聞いてみたくない?」
「そうじゃな……」
私はまだ考えているおじいちゃんに、こういうのは思い立ったら速い方が良いよなど言って、おじいちゃんの肩を揉みながら決断を急かした。
「速く行こうよ、お母さん帰ってきたらややこしいから」
その一言がとどめになったようでおじいちゃんは立ち上がった。
「よし、蔵の中を探検しようか」
「そうこなくっちゃ!」
私たちは立ち上がると、仏間にある戸棚から蔵の鍵を取り出して、縁側から蔵の方へ向かった。
* * *
「どうじゃ、麻衣子、開いたか?」
「うん」
私は蔵の錠前に、ゲームに出てきそうな形状の鍵を差した。
「マイコは扉を開けた」と自分でセリフを言いながら重い扉を開けた。蔵はそこから光を次々と吸い込むように取り込み、私たちが中を覗くとほこりの中からぼんやりと中の様子が浮かび上がるように見えてきた。今年の夏に初めてこの蔵の中を見た時以来、まだシルエットしか見えて来ないが中の様子は全く変わっていない、と思う。
あの頃からおじいちゃんは「いずれは整理せんと」と言いってたけど結局放ったらかされたままということだ。それだけこの蔵は稲垣家で一番古い建造物なのに建ってるだけで機能していない。
「おじいちゃん」
「何じゃ?」
「プレーヤーってどんな形のものなの?」
「へっ?そんなんも知らんと探してるのか、麻衣子は?ちょっと待っとれ」
おじいちゃんはそう言いながらシャツのポケットからサインペンを出して、蔵の中にある使われていないザラ紙に絵を描き出した。
「こんな感じのやつじゃ」
「うんうん」
決して上手とは言えないけど、プレーヤーは円盤を乗せる台があって、乗せた円盤に針を置くものであることは分かった。
「麻衣子はレコードって言葉は知らんのか?」
「知ってるけどそれが音楽のことってのは知らなかった」
「ほう、時代じゃのう。町には『パワーレコード』とかいうお店があるじゃないか」
「そういや本当だ、あれってこのレコードから来てるんだ」
おじいちゃんは頷いた。70歳にもなるのに今風の単語を使うおじいちゃんの気は若い。私はザラ紙をポケットにしまい、懐中電灯を握り蔵の奥へと進み出した。
蔵の中は無造作に物が置かれ、通路どころか足の踏み場もない。その上所狭しと物があり、大人で、且つ腰の悪いおじいちゃんでは奥には進めない。ここからは私の出番だ。
手前にある机は多分叔父さんのもので、次に進路を阻むタンスは叔母さんのものだ、私はそれをくぐって乗り越えて、いわゆる『昭和ゾーン』にたどり着いた。ちなみにさっきの場所は『世紀末ゾーン』だ。新しい物から蔵の手前にあるので私が勝手に名付けた。奥へ進むほどに眠っているものたちは古くなる。
私の予想ではレコードプレーヤーはこのゾーンにあるはず、懐中電灯で周囲を隈無く照らしてみた。
「あったぁ……。これだ、多分」
木製の枠組みでできた、でかでかと「カラーテレビ」と書いてあるテレビの上に、そこで永い眠りについているプレーヤーを発見した。ポケットからおじいちゃんが書いた絵を出して確認した、間違いない。
「おじいちゃん、これじゃない?」
私は戦利品を上に掲げて蔵の入り口付近にいるおじいちゃんに確認してもらった。
「おお、それじゃ、それ」
私はゲームのファンファーレをハミングしてプレーヤーを抱えて蔵の入り口『現代ゾーン』に戻った。
「早速鳴らしてみようよ」
私はプレーヤーを仏間に置いて、おじいちゃんの両手を取った。私に救われたあのレコードが何を言いたいのか早く確かめたかった。
「すまんのう、このプレーヤーをステレオに繋げんといかんのじゃよ」
おじいちゃんはプレーヤーを前から後ろから見て確認している。
「針もついてるからたぶん大丈夫だろう。ワシも機械には詳しゅうないから、明日まで待ってくれんか?部品も少しいるだろうし」
おじいちゃんが優しく言ってくれるので私は素直に返事をした。明日は木曜日だ、明日だったら松下先生も一緒にレコード聞けるのでそれでいいと思った。