番犬にならないグー
春先、生まれて間もない子犬のグーがカナちゃんの家に来た。
カナちゃんは小さくてかわいいが、グーはもっと小さくてかわいい。大人の手に乗るくらい小さい。黒と白と茶が混ざっていてとてもきれいだ。カナちゃんはぬいぐるみみたいって喜んだ。
グーはとてもは寂しがり屋で、いつも一番かわいがってくれるカナちゃんのそばでいた。
秋くらいになると、だいぶ大きくなった。それまでは家の中で飼っていたが、家の外で飼うになった。玄関先の小さな犬小屋がグーの小屋である。
「どうして、外に飼うの?」とカナちゃんがパパに聞くと、
「グーは番犬だから」
「番犬って、なあに?」
「それはね、悪い奴が来たときに吠えて追っ払うんだよ」
「悪い奴って?」
「泥棒とか、野良猫とか」
「グーにできるの?」
グーは大きくなったといっても、小さなカナちゃんでも、簡単に首根っこを抑えても持ち上げることができる。
「大丈夫だよ、小さいけど、吠えるのだけは、一人前だから」
最初の頃は、夜も、昼も、寂しいと泣きやまなかった。だが、一日、二日と、日を追うに連れ、泣く回数も、泣く時間も少なくなっていった。それでも、ずっと誰もかまってくれないとわんわんと泣きだす。特に夜になるとひどい。もう、天地がひっくり返ったかのように泣き出す。すると、カナちゃんが家から出てきて、グーの前に座り、頭をぽんと叩いて、「だめよ。泣いてばかりいちゃ。もう、オネンネしなさい」となだめる。グーにカナちゃんの言葉がわかるはずもないが、気持ちはちゃんと伝わる。グーは神妙な顔をして、うなだれる。
「分かったわね。カナも寝るんだから。もう泣いたらだめよ」
グーは小屋の中に入りおとなしくなる。
冬が来た。
ある日の深夜、家々の灯火が消え、月明かりが昼間のように明るく照らしていた。風激しく吹いきて、庭木が激しく揺れた。
グーは寂しいのか、心細いのか、それとも悪い夢でも見たのか、突然、わんわんと泣き出した。しばらくすると、家の明かりがついて、戸が開いた。
「グー、あんたって弱虫ね」って、頭を撫ぜながらカナちゃんが言う。そういうカナちゃんも、グーに負けず劣らず泣き虫だ。が、グーの前では、いつもお姉さんだ。
「泣いてばかりいたら、近所迷惑でしょ」と抱いた。
毎朝、野菜売りのおばさんがやってくる。おばさんは朝とれた野菜を車にたくさん積んで得意先を回る。カナちゃんの家も、その一軒だ。
八時頃になるとやってきて、家の前で車を止める。グーが必至に吠えるのを無視して、ずかずかと入ってくる。まるで自分の家のように玄関を開ける。
『何て図々しいだろう! みんな知らせよう! それが番犬として責務だ』と言わんばかりに、グーは声を張り上げ吠える。すると、ママがおばさんと一緒に出てくる。ママはグーを睨みつける。軽く頭を叩いて通り過ぎる。グーは思わずごめんなさいと尻尾を振る。しかし、ママは無視しておばさんと談笑しながら通り過ぎる。野菜を買った後、寝転がっているグーの前に立つ。怖い目をしてじっと睨む。グーは行儀よくお座りをする。すまなそうな顔をして尻尾を振る。ママは頭をちょこんと撫ぜて消える。
グーが独りでお留守番した日のことである。
ドラ猫のトラがやって来た。グーよりもかなり大きい。まるで我が家同然にうろつく。グーは、初めはわんわんと吠えた。が、相手が一向に動じないと、急に吠えるのをやめてしまった。そればかりが、トラがじろっと睨むと、怖くなったのか、尻尾を巻いて小屋の中に入ってしまった。
トラはグーの餌を入れた皿の前に行き、餌をほお張り始めた。何とも失礼な奴と、グーはトラを見るが、吠える勇気はない。小屋の中からちょこんと首を出して様子をうかがうのが精一杯である。
「ずいぶん、いいものを食っているな」とトラはグーに食いながら話しかけた。
「良かったら、みんな食べてもいいよ」
「ふん、それはずいぶんと気前がいいな」
「君は何て言うの?」
「名前か、名乗るほどのものじゃないが、みんな、“どら”とか、“トラ”って呼んでいるな、名前なんてどうだっていいじゃないか。お前はグーっていうんだろ」
「トラのお家はどこ?」
「ふん、お前がここに来る前から、この辺一帯が俺の縄張りさ。家と一緒だ」と言うと、ニャーオーと鳴き声をあげた。すると、グーは慌てて背を向けた。
「今まで、脚を怪我していたから、夜回りできなかったが、もう治った。これからちょくちょく来るから、よろしく!」と言ってトラは去った。
数日後の昼のことである。
ほんのちょっと家人がいない隙を見計らってトラが忍び込んだ。カナちゃんの部屋の部屋にも入り、カナちゃんが大切にしていた人形におしっこをかけてしまった。それに気づいたママは「グーは全く役立たずね。番犬にはならないなら、保健所にやろうか」と嘆いた。ママの嘆きを聞いていたカナちゃんは、さっそくグーのところに行った。
「ちゃんと吠えて、野良猫を追い払いなさい。そうしないと、どこかに連れて行かれるよ」
グーは切なそうにカナちゃんを見つめる。
「私は許してあげるよ、番犬にならなくとも、かわいいから。みんなに内緒だけどね」
グーはありがとうといわんばかりにカナちゃんの顔を舐め始めた。