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青井サイベル
青井サイベル
novelistID. 59033
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かの山

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うさぎはもうあまり若くなく
顔に傷がありました
そして暴れるくせがあったので
ケージからケージ、人の手から手へ
わたってきました


なでられもしました
話しかけられもしました
叩かれもしました
無視もされました
うさぎはだいぶん疲れていました
けれどある晴れた秋の日
ケージの鍵がゆるんでいました
うさぎは脚にちからをこめて
はねて扉を破って出ました


アスファルトは痛く、空気は煙く
それでも広々とした外の世界を
車や人から逃れてうさぎは走りました
どこへかはわかりません
ただ長い耳に
胸の奥に
いつも聴いていたせつない音があり
ただそれに向かって走りました
わたしはもうじき死ぬだろう、とうさぎは思っていました
だからその音のするほうへ
行ってみたかっただけなのです


ずいぶん走りました
ここは、近い
そう思えた所のそばには
おそろしいほど巨きな鉄塔がそびえ、電線がはりめぐらされ
耳が痛くなりました
景色は、それさえなければ、近いのです
まだ まだ
もっと奥なんだ
うさぎはしびれる体を懸命に走らせました


空をおおう冷たいかなしいものがなくなりました
空気が甘く濃くなりました
ひらけたそこは
草の海
「さいわいすむとひとのいう
さいわいすむとひとのいう 」


少しかたい草を二、三本はみ
晩い太陽にさらされて
うさぎはうずくまりました
あたたかでした
ここ
ここ
あのせつない
うさぎを何度も暴れさせた音は
やわらかな優しいつぶやきとなって
すべてに溶けていました
神さまを見たことはないけれど
すべてが神さまだったとしても
たとえば意地悪だった人や
優しかった手やまなざし
そしてここ
すべてが神さまだったとしても不思議はない


「ただいま」
うさぎは初めて
仲間に逢いたい、と思いました
作品名:かの山 作家名:青井サイベル