音霊(otodama)
あたちのおとたまは、よくピアノをひいてるの。
おとたまは、あたちにごはんをたべさせてくれるだいじなヒト。
あたちはうまれてすぐにここんちにきたの。
おとたまは
「カナデ、ぼくがおとーさんでちゅよ」
ってヨシヨシしてくれた。
それからおとたまのおともだちがたくさんきて
あたちにはなしかけてくれたの。
「イヌかったの!?」
「かわいー!」
「チワワ? ちっちゃ!」
「カナデちゃんてなまえなの? さすがピアニスト」
って。
おとたまはおともだちがきてると
ニコニコしてる。
でもね、あたちのまえではよく
「カナデ、またコンクールダメだった。
おとーさんはサイノウないんでちゅかねぇ」
そういってはナミダをながしてるのよ。
そんなときはナミダをペロペロしてなぐさめてあげるの。
あたちにできることはそれくらいだから。
あたちはおとたまみたいな『ヒト』とはちがって、
『イヌ』っていうしゅるいみたい。
ちゃんとカナデっていうなまえはあるのよ。
でもね、おとたまとはごはんもちがうし、
からだもちいさいし、
かがみにうつったあたちは、
やっぱりおとたまたちとはちがうすがたなの。
だからあたちはかがみがだいきらい。
✿
あたちのおとたまは、きょうもピアノをひいてるの。
おとたまのピアノにあわせてあたちもこえをだしてみるんだけど、
「カナデ?おなかすいた? おとーさんはいまおしごとちゅうだから
すこーしだけまっててくだちゃいね」
なんていうのよ。
おなかがすいてるわけじゃないから
またピアノにあわせてこえをだしてみるの。
そうすると
「はいはいわかりました。これをあげましゅ」
ってピアノをやめてビスケットをくれるの。
そうしてそとへおさんぽにつれていってくれるの。
おとたまといっしょにおでかけはたのしいけど、
あたちはおとたまのピアノにあわせてこえをだして、
それでよしよしされたいの。
だってあたちはおとたまのピアノがだいすきだから。
✿
「カナデ、ただいま。きょうはおとーさん、
うれちいことがありまちたよ」
おとたまはそういってあたちをだきしめたの。
「おとーさんは、あにめーしょんのおんがくをたんとうすることに
なりまちた。カナデ、うれちいよー!」
おとたまはあたちをぎゅーぎゅーだきちめて、
ちゅーをなんかいもしてくれたの。
あたちもおとたまのかおをなんども
ぺろぺろしてあげたわ。
こんなにうれしそうなおとたまをみたのは
はじめて。
あたちはおとたまのわらったかおがだいすき。
おとたまがうれしいとあたちもうれしい。
✿
それからもおとたまは、
やっぱりピアノをひいてるの。
でもいままでのむずかしいかおとはちがって、
ピアノのおともむずかしいきょくとはちがって、
あかるくってたのしくって、
あたちもやっぱりいっしょにこえをだしてうたってみたの。
そしたらおとたまは
「カナデ? いっしょにうたってくれてるの?」
ですって。
おとたま、あたちはいつもいっしょにうたっていたのよ。
✿
あたちとおとたまは、
いっしょにうたっていろいろなきょくをつくったの。
「カナデはリズムのとりかたがうまいね」
なんておとたまがほめてくれると、
あたちはうれしくってもっとおおきなこえでうたったの。
こうしてあたちとおとたまは、
『カナデ』っていうきょくはかんせいさせたの。
あたちとおとたまのだいじなうた。
あたちのなまえがついたとってもすてきなきょく。
✿
なのに、おとたまはまたナミダをながしていたの。
「カナデ、ごめんね。ぼくたちがつくったきょくなのに、
ちがうひとがつくったことにしてくれって」
そういってなんども
「ごめんね」
ってくりかえしたの。
あたちもとってもかなしくなって、
おおきなこえで、
もうこえがでなくってもいいって、
それはそれはおおきなこえで、
ないたの。
✿
つぎのあさ、
あたちはおとたまといっしょにうたうことができなくなっていたの。
こえがでなかったの。
おとたまはあたちを
びょういんのせんせいのところへつれていってくれたけれど、
せんせいも
「げんいんはわからない」
って。
でもね、あたちはわかっていたわ。
あたちのこえは、
おとたまをかなしませたひとのところへいったのよ。
だからおとたまとうたえなくなっても、ちっともかなしくなかった。
おとたま、だいじょうぶよ。
いまごろ『カナデ』をつくったにせものは、
あたちのこえがみみにこびりついて、
いてもたってもいられなくって、
ねをあげて、
『カナデ』をおとたまにかえしてくれるから。
そしたらあたちのこえももどってくるから。
作品名:音霊(otodama) 作家名:セリーナ