オープンラヴレター
あなたが(これを読んでくれているあなたのことです)どうしているのか、
今日は母親のように思い描けます。
あなたは今頃、
焼きそばを作り、
残業に没頭し、
帰りの電車に揺られ、
子どもたちの世話をし、
最近耳の遠くなった夫と大きな音でテレビを視、
携帯やパソコンに興じ、
ギャンブルのことを考え、
ラブホテルでたばこをふかし、
花を買い、
図書館から出るところ。
どんなにあなたをすきか、わかる?
何度もあなたに逢ってて、逢うたびに燃えるほどにすきになるわ。
はじめまして。
驚いちゃだめよ。
そんなはずはないだなんて。
いまわたしはプッチーニの『この冷たき手を』を聴いて、
とうとうがまんしきれなくなりました。
この歌声。
恋の、愛の、はじまり。
笑ってはいけないわ、あなたの遺伝子はそこから始まってここにきたの。
わたしのもとへ。
わたしはあなたをつかまえるでしょう、
遅かれ早かれ。
わたしは猟犬みたいに焦ってはいないの。
弱い群れのように怯えてもいないの。
ただ、あなたを見てるわ。
いつも、見てるわ。
夕暮れが金やピンクやむらさきや水色に、星を散りばめる頃も、
ヒグラシの鳴く魔法の夏の明け方も、
もの哀しく不思議な精のように雪が降る午後も。
そのときあなたは子どもを見たでしょう?
それがわたし。
それが育ってわたしになったの。
あのときの子どもなの。
あなたの手が触れたとき、
筆跡があらわれた。
それは五線紙をまたたくまに埋め、
麦畑の上を渡る風の豊穣の音楽を生んだの、
それがわたし。
思い出した?
わたしの顔を。