旅立ち
色々な人の旅立ちを見送らなければいけない。
そこが一番つらいことであり、
光栄なことなのかもしれない。
『サクラさん』という名の92歳のおばあさんが、
昨日亡くなった。
サクラさんは、青森県の五所川原出身で、
近くには太宰治の生家があった。
「津島さん(太宰の本名)はお金持ちで
裕福な家だった。私の家みたいに貧乏じゃなかった」
人の顔を見ると口癖のように言っていた。
自分が育った環境を恨み、
険しい顔をしてまくし立て、
よく職員を困らせた。
小柄な体格に加え、
年老いた胃袋には、
そんなに食物は入らないだろうと思うが、
出された食事は必ず完食し、
「こんなにおいしい物が食べられて、もう思い残すことはない」
と、お腹がいっぱいになると幸せな笑顔になった。
昨日の朝はめずらしく、
出された朝食には手をつけず、
「白いご飯のおにぎりが食べたい」と言い、
職員が作って出してあげると、
嬉しそうにひとつだけを食べた。
それから部屋に戻り、
ベッドに横になると、
そのまま眠るように冷たくなっていた。
作家志望の私が出来ることは、
こうして、ひっそりと亡くなっていった方の
最後を文章にして、
供養まがいのことをすることだけ。
それで救われた気持ちになり、
また、人の死を見送ることに耐えていくしかないのだ。