五番目のキャサリン
こいつが気になってさっきから一向に読書が進まない。
もう4人目。あいちゃんくみちゃんゆきちゃんそして、みさこちゃん。
私の前に立っている男は電車の中で女の子に電話をかけまくっていた。
かけまくっていると表現すると、この男がチャラい感じの、毛先をワックスで遊ばせこねくりまわしたような前髪のイケメンを想像させてしまう恐れがあるので一応言っておくが、
彼は上下ねずみ色のジャージに腕時計とカバンだけはブランド物を身につけている小太りで、発酵途中のパンみたいにふっくらとしたフォルムをしている事を覚えておいて欲しい。
性格諸々はわからないが、見た限りでは、モテる方ではないだろう。
だが、金はそこそこ持っていると見た。香水の匂いがきつい。
多分これは『セクシーな夜を演出。これであなたも今日からフェロモン男子』みたいなダサい謳い文句でドンキホーテなどで売っている香水だ。
かなりの量を振っているか、洗剤代わりに香水でこのジャージを洗ったかなんかして、すごい匂う。両方の鼻の穴が詰まり気味の私の嗅覚が感じているので周囲にいる他の乗客はもっと辛い思いをしているだろう。
この男、すごく気合いを入れているのやもしらぬ。だが男は、誰かと約束があるから少しばかりのお洒落をキメ込んで電車に乗っているわけではないらしい。
ドタキャンされたというのもありえる。女に電話をかけるたびにニコニコと笑顔を作っている。電話であろうとぬかりない。逆に真顔で声だけ笑っている下手なアニメ声優風にされても、視界に入ってる人間からすれば不気味だけれども。
「あー、そっかあ。おけおけ。またねー♪」
電話を切ったジャージ香水(ジャージー牛乳みたい)は、長めの溜息を吐くのを見て、私もがっかりしてしまう。優先順位的に四番目のみさこにも断られて何を軽やかにリズミカルに『おけおけ(OKOK)』なのだ。
物分りのいい感じを出すなよと。そろそろ誰かつかまらないのか、とジャージ香水の成功を願うかのような自分にがっかりする。
いやとにかくただうるさいから黙って欲しいだけである。
このプチ満員電車の車内で通話しているだけに、周りからのジャージ香水への視線も冷ややかなように思えた。
私の隣で俯いて眠ろうとしている会社員風の中年男の舌打ちが聞こえる。
「もっしもっしー? 」
ジャージ香水は五回目の挑戦に挑んでいる。転んでも何度でも起き上がるダルマ精神に圧倒される。次こそ決めろよ。誰かつかまえてさっさと携帯をポケットに入れろそして繁華街へと喜々として消えろ。
車内の静寂を望む周囲の視線がジャージ香水に集まる。
「お?今から大丈夫?おけおけ! そしたら20分後マルイ前でー★ 」
電話を切った男は鼻息を荒くし、満面の笑みで携帯電話を尻のポケットにねじこむと、ふわっと浮遊し、
「いやっふうううううううう」
とかって叫びながら天井をぶち抜いて、消えた。
私含むギャラリーは、安堵の表情を浮かべ各々の静寂にほくそ笑んだ。
五番目のキャサリンに、私たちは盛大な拍手を送る。