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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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落語でひと息いれませんか?

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目黒のサンマ



目黒。
オフィスビルが立ち並ぶその場所に殿様がやってきた。

「ほっほっほ、ここが目黒かぁ。
 ところで腹が減ったなぁ」

「はい、ではここでお弁当を……」

弁当を取り出そうとしたお供は顔をこわばらせた。

「あの……殿、実は弁当を忘れてしまったようです」

「なんだと? こんなにも腹が減ってはかなわん!」

しかもタイミング悪くここは海もなければ農園もない。
ファーストフードの店とコンビニが
所狭しと並んでいる超発展都市。

「もう我慢ならん。どこかに店はないものか」

「殿、あんな下民の店に入っては品位が落ちます」

「……いや、待て。なにかいいにおいがする」

殿はかおる煙に誘われて、一軒の居酒屋にやってきた。
まさに庶民が通いそうなみすぼらしい店だった。

「ちょっ……殿!」

「おい店主。このかぐわしい香りはなんじゃ」

「サンマを焼いていたんですよ。
 召し上がりますか?」

「ああ、それを早く出すのじゃ」

店主はそこら辺のスーパーで買った安いサンマを焼き、
特に味付けもせずに殿の前に出した。

とはいえ、殿にはもの珍しく見えた。

「おお、なんと美味そうな!」

「殿! このようなもの下品です!」

お供の静止を振り払い、殿はサンマに手を付けた。
香ばしく焼かれた身が口でほろほろと崩れ、
くどくない脂が魚のうまみを引き立てる。

「な、なんと! なんてうまいのじゃ!!」

「殿、こんなところ見られたら庶民にどう思われるか!
 早く! 早く出ましょう!」

「あーー! まだ食べるのじゃあ~~!」

名残惜し気に箸を伸ばす殿様を引っ張って城に連れ戻した。



城に戻った殿様はすっかりサンマが食べたくてたまらなくなった。

「この城の中なら、庶民に見られる心配もない。
 サンマじゃ! サンマを持って来い!」

「さ、サンマですか!?」

一級の料理を準備していた家臣は驚いた。
まさかサンマだなんて予想してなかったし準備もしていなかった。

家臣は大慌てで準備に取り掛かった。

「日本で一番のサンマを持ってこさせろ!」

家臣は急いで最高級のサンマを取り寄せた。
北海道の荒波を潜り抜けた一級品。
とても庶民が口に運べるものではない。

「あとはこれを焼いて……」

「いや待て。殿が口にするものだぞ?」

「確かに! このままじゃ魚の骨が引っかかるかもしれん!」

家臣はサンマの骨を一本一本抜いていった。
それこそ小骨一本にいたるまで。

「待て待て。このサンマは脂がのっている。
 殿様のコレステロール値が上がったら大変だ!」

「脂だ! 脂を抜け!」

家臣はサンマから脂を抜いた。
すると身はシナシナになってしまった。

「さて、殿に出すものなら箔が付かなくては」

「だったら吸い物にしよう。
 最高の碗に入れて出せば殿にふさわしい」

家臣は城で一番いい碗を出して、
サンマの吸い物にして殿に出した。

殿は碗にして出されたサンマを見て
"これじゃない感"を顔から出した。

「これ……サンマか?」

「ええ、間違いありません。ささっどうぞ」

家臣に勧められるままサンマを食べてみる。


が、まるでおいしくない。
身はぱっさぱさで汁につけたのでグズグズになる。

「ちがうちがーーう! まずい!
 これじゃない! これはどこのサンマじゃ!!」

「ほ、北海道産のサンマでございます!」

「バカもの! サンマと言えば
 目黒のサンマに決まっておろうが!
 目黒以外のサンマはサンマとは認めん!」

調理をした家臣は首をかしげた。


「殿、目黒はオフィス街です。
 海なんてございませんが……?」