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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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名前のない天秤

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「この天秤は言葉を金に換える力があるんですよ」
「へぇ」

怪しげな古物商から買った金の天秤。
なにも載せていないのに、両側の皿はふわふわと安定ない。

「言葉を金に換える、ねぇ。
 たしか『名前天秤』だったっけなぁ」

天秤をまじまじと見つめながら言ったその言葉で
皿は片側へと一気に傾いた。

そして、今度は逆側に傾いたと思ったら真ん中できれいに釣り合った。

何も載せていないはずの皿と、
どこからか現れたお金が別の皿に載せられていた。

「すごい! 本当に言葉を金に換えるんだ!
 この……えーーっと……あれ?
 なんだっけ? なに天秤だっけ……まあいいか」

こんな不思議アイテムの名前なんてわからなくても苦労しない。

「よーーし! どんどん金をかせぐぞぉ!!」

天秤に語りかけまくること数時間。
あれほど稼ぐのに苦労していた金が手に入った。

「わっはっは! 大金持ちだぜ!
 世界にはまだまだ物があふれてるから、
 資金源には困らないぜ!」

さっそく手にした大金を持ってキャバクラに乗り出した。

「失礼しまぁ~す、マキで~す」

「マキちゃんね。ああ、えと、それ取って」

俺はテーブルにある四角い……えと、あの……なんだっけ。
名前が出てこない……紙でできてる、あれだよ。

「それ? それってどれ?」

「あの、それだよ! 白い……えーっと……」

「メニュー?」

「ああ! そう! そうそれだよ!
 なに注文するかわからなかったんだ」

紙に書いてある飲み物を指さし注文する。

「それじゃ、えとこの……なんだっけ。
 この紙……あれ? 白い……」

「メ・ニュ・ー」

「そう! それ! 戻しておいて!」
「はぁ~い」

天秤にかけた名刺は一度取り戻してもすぐに失う。
その後は、キャバクラで楽しい会話……というより
ボケ老人を介護してやるみたいな感じで楽しくなかった。

そして、支払いの時に気付いてしまった。

「お客様、こちらにそれを記入ください」

「あれ!? なんだっけ……この必要なやつ。
 名前が出てこない……えっと、よく使うのに!」

自分の中で一番大事であるはずの「それ」が
まるで思い出せなくなっていることに気が付いた。

天秤にかけたときは、
他の言葉さえつかえれば思い出せると甘く見ていた。

「お客様……?」

「うあああ! 思い出せない!
 これだよ! これの名前が思い出せないんだ!」

「それは私に聞かれましても……わかりませんよ」


まずいまずいまずい。
金に目がくらんで大事なものの名前を俺は失ってしまった。

俺は家に慌てて帰ってパソコンをつける。

「……でも、なんて検索すればいいんだ?」


【名前 わからない 生きてる しゃべる】
検索結果:約 854,000 件 (0.55 秒)

「多すぎる!」

【名前 近い 見えない 生物 親】
検索結果:約 990,000 件 (0.49 秒)

「増えてるし!!」


それから何度検索ワードを変えても
答えには一向にたどり着かない。

なにせ俺は名前を換金しすぎてしまった。
俺の探している「ソレ」を知るための言葉の多くを失っている。

「ああ、くそっ……俺はなんて軽はずみなことを……」

絶望したとき、ふと天秤に目が入った。
天秤はゆらゆらと不安定に揺れている。

「待てよ……これ、逆に使えないか?」

俺は片側の皿に現金を乗せた。
すると、頭の中にぽんと物の名前が浮かんだ。

「ああ、そうだ! そうだよ! これはテレビ!
 なんで今まで思い出せなかったんだ!」

さっきまでは「黒い箱」とか言っていた。
こんなに生活に根付いていたものを忘れていたなんて。

「行ける、行けるぞ!
 この天秤、逆側に金を積めばきっと名前が取り戻せるんだ!」

天秤にかけたとき、重要な名前ほど高く換金される。
だから、たくさん金をつぎ込めばきっと取り戻せるはずだ!

こんなにも、俺にとって大事なものだから!








「……ダメだ」

散財に散財しまくって、ついに俺は根を上げた。

天秤で手に入れた金以上の出費になっても
俺が欲しい「ソレ」の名前は取り戻せなかった。

「今じゃトイレのすっぽんを
 ラバーカップとか言えちゃうのに……」

取り戻す必要もない名前は取り戻しているのに
本当に欲しい「ソレ」はわからずじまい。

天秤で真っ先に換金したのが「ソレ」だったのに。

「もう財産もなくなってしまった……。
 これ以上は天秤に金は乗せられない……」

俺は最後に財布の1円を皿にのせた。
天秤は傾いて、すぐに中立へと戻った。


その瞬間、ついに「ソレ」を思い出した。


「ああ、そうだ……そうだった。
 俺の名前は、山田 雌死愛(めしあ)
 ……だったなぁ……はぁ」


思い出したとたん、深い後悔に包まれた。
忘れていればこんな思いしなくて済んだ。


「山田 雌死愛」

天秤の皿に監禁された1円玉が現れた。
作品名:名前のない天秤 作家名:かなりえずき