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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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苦労借金なんて返せない!

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「はぁ、何もかもめんどくさい」

この世は本当にめんどくさいことばかりだ。

毎回5分おきに流されるCM。
いちいち必要なコミュニケーション。
長すぎる同意書類。

何もかも煩わしい。

「昔の人はいいよなぁ……。
 自分のやりたいことだけやればそれでよかったのに。
 今じゃ、自分のやりたいことにいつも邪魔が入る」

「先輩、苦労借金知らないんスか?」

「苦労……なんだって?」

「苦労借金ッスよ。
 いま、若い人の間で流行ってるんス。
 やってみると、超便利ッスよ」

後輩の言葉にそそのかされて、
苦労借金のところへ行ってみた。

「いらっしゃいませ、楽をご所望ですか?」

「ら、楽……?」

「こちらでは、お客様の苦労を引き取り
 その代りに楽を提供いたしております。
 その分の苦労は後でお支払いいただきます」

「えっと、よくわからないので……。
 とりあえず、楽をさせてください」

「かしこまりました。
 では、まずはお試しの1日のみ」

店員はぺこりと頭を下げた。
しばらく待ってみても何も変化はない。

「あの、何か変わったんですか?」

「それはこの後お分かりになれますよ」

その言葉を信じ、帰宅するためにバスへ乗る。
すると、なぜか席ががっらがらだった。

「えっ!? いつも満席なのに!」

「不思議ですねー、こんなこともあるんですねぇ」

不思議なことに停留所にも人がいなかったので
バスはただの貸切タクシーとしてバス停までたどり着いた。

「いやぁーー快適快適。超ラッキーだな」

家のドアの前に立って鍵束を取り出す。
10個あるうちのどれかが家の鍵で……。

カチャン。

まさかの1発開錠。

「ずいぶん楽に開いたなぁ」

変化はそれからも続いた。

テレビをつけるとタイミングよくCM開け。
ネットで調べものすると、一発で欲しい情報が出る。
カップラーメンを作ると、ちょうど食べたいときに3分。

「すごい、なんだかメチャクチャ楽になったなぁ」

すっかり苦労借金を気に入ったので、
今度は10日分の苦労借金契約を結んだ。

苦労借金したからといって運がよくなるわけじゃない。
ただ"ストレスがなくなる"というだけの簡単なもの。

それだけなのに、これほど日常が過ごしやすくなるなんて。

この10日間は
ポテチの袋の開け方に失敗することもなく、
ちょうど起きたい時間に目が覚めたりと

日常のことごとく、ありとあらゆる場面からストレスが消え失せた。

「ということで、次は苦労借金1年分お願いします」

「あの、お客様。
 大変好評なのはありがたいのですが、
 そろそろ返済を考えていただきませんと……」

「返済? 金を出せばいいの?」

「いえ、返済は苦労借金のぶん苦労をしてもらいます」

「そっかーー。まあ利子もあるしな。
 利子分はとりあえず払うよ」

一旦、苦労借金はお休みして普通の日常に戻り
ある程度、返済してからまた借ればいいやと思った。

しかし、俺が根を上げるに3日もかからなかった。


歩けば行く先々で、いちいち信号に捕まる。
食事の時間だと思ったら急な仕事が入ったり、

苦労返済をしているぶん、苦労がずしりと日常をむしばみ始めた。

「あーーくそっ! なんて不便なんだ!
 余計なことやめんどくさいことばかりやってくる!」

俺は再び苦労借金へと向かい、迷わず1年分の契約を結んだ。
その直後に、これまでじわじわストレスを与えた日常の小さな出来事は
消し飛んで快適な日常へと早変わり!

「やっぱりこっちだな! 今更返済なんてかったるすぎる!」

やたらボタンの反応が悪いパソコンと
高速通信で最高感度のPCを切り替えたような気分。
まさに夢見心地だった。



『苦労借金 未返済の通達』



真っ黒い封筒が届くまでは。

書面には俺がこれまでの苦労貯金が膨れ上がっているのと
利子がそれに油を注いでいる絶望ぐあいを事細かに書いていた。

「さ、さすがにまずいな……返済しなくちゃ」

この「楽」になじんだ今の生活を手放したくはないが、
やっぱりそろそろ返済しないことのには……。

でも、すぐに根を上げてしまった。

「うああああ!! ダメだ! イライラする!
 何もかもストレスばかり溜めさせやがって!」

"これまでできていたこと"が"できなくなる"と、
強烈なストレスを感じてしまいすぐにあきらめてしまった。

「ま、大丈夫だろ。
 借金取りと違って差し押さえなんてのもできないし」

日和見気分で会社にやって来たある日、後輩の席が空いていた。

「あれ? どうしたんだろ?」

「ああ、そいつな。急に行方不明だってよ。
 成人男性を誘拐するなんてもの好きもいたもんだ」

「まさか……」

嫌な予感がしたので同僚の机を開けると、
中からは俺に届いたものと同じ黒封筒が入っていた。

返済内容こそ違うけれど、内容そのものは同じく"早く返済しろ"だった。


「まさか……あいつ、苦労借金のせいで行方不明に……?」

これまでの"なんとかなる"作戦はあきらめざるを得なかった。

「とはいえ、今さら元の生活に戻れる自信なんてないよなぁ」

今じゃ「楽」であることが、俺にとっての当たり前。
今まで苦労していたことは、すっかり俺の人生から消え失せている。

こんな状態でちまちま借金返していても、
どうせまた前回みたいに途中で辞めちゃうだろうな……。

「そうだ! 思いついたぞ!」


決戦の日に備えて、俺は家の中をことさらに改造した。
手を差し伸べないと死んでしまうような貧乏なものに服を変えた。

「ふふふ……借金なんて返せるわけないだろ。
 だったら自己破産して一度リセットして借り直すのが一番だ」

苦労返済期限が迫っていることもあり
俺の近くには黒いスーツを着たエージェントが多数配置されている。

かれらが、10000苦労もたまっている俺の苦労借金を
わずか1日にしてリセットしたらどんな顔をするのか楽しみだ。

「さあ、これでリセットだ!!」

俺は自己破産手続きの書類を提出した。





「では、3番の窓口へ」

「5番の窓口へ」
「ああ、これは2番の窓口へ」
「7番の窓口で再度確認をお願いします」
「えーっと、121番の窓口へどうぞ」
「この次に489番の窓口に行ってください」
「ふむ、では733番窓口へ」

  ・
  ・
  ・

「あ、もう午後5時なのでお役所は終わりです。
 完成してない書類はまた明日最初からどうぞ」

「ちょっ……ちょっとぉ!?」

役所のシャッターは自己破産書類完成前に一斉に閉められた。
待っていたのは……。


「苦労、返してますか?」

屈強な黒服の男たちが俺の肩をつかんだ。