FUN
飛び切りの美人ではないが、文章を書く才能に優れていた。
満は男前だが、仕事のほうはさえないサラリーマン。
ふたりは同じ会社に勤めていた。
会社の忘年会の席で、雅恵と満は隣同士になった。
満は酔った勢いで雅恵を誘い、雅恵のアパートへ。
ふたりは一夜を共にした。
ふたりが結ばれた朝、満のアイデアで出勤時間をずらしたが、
社内では噂の的になっていて、
部長までもが
「仲人を頼むときは早めに言ってくれ」
と満の肩をポンッと叩く。
男前の満に、ずっと前から憧れていた雅恵は、
天にも昇る気分だが、満のほうは後悔のひとこと。
「酔った勢いで…」とは言えず、
また、上司や同僚の手前、すぐに別れるわけにもいかず…。
そのままズルズルと恋人同士の関係を続けていくしかなかった。
ある日、満はいつものように、
雅恵のアパートでベッドを共にした後、
眠れずに、雅恵の部屋を物色していた。
雅恵は寝息を立てて眠っている。
ふと机の引出しを覗くと、
何冊ものノートにびっしりとかかれた幾つもの小説があった。
夢中で読み、気がつくと夜が明けていた。
満は、彼女の文才を認めざるを得なかった。
『こんなに見た目がさえない子なのに…、
いや、さえないからこそ神様は才能を与えてくださったに違いない』
お世辞にも可愛いとは言えない彼女の寝顔を見ながら考えていた。
見つめているうちに、可愛いとは言えない寝顔は、
苦痛の表情に変わっていった。
そして、雅恵は大きなうめき声をあげた。
「胃が痛い!」
治まらない痛みとその声にたまりかね、満は救急車を呼んだ。
医者から家族の方はと聞かれたが、天涯孤独の雅恵には身寄りがない。
満が家族代わりになった。
医者は雅恵が末期のガンだ告げた。
あと数ヶ月の命だと言う。
「精一杯看病してあげなさい」医者は悟ったように微笑みかけた。
部長までもが知っている雅恵との関係。
このまま雅恵を放っておくのは、非難の的になる。
『この先、あと数ヶ月、添い遂げなければいけないのだろう』
満は仕方なく、あと数ヶ月だけ雅恵の恋人を演じようと決めた。
雅恵の荷物をアパートへ取りに行くたびに、
ノートに書かれたいくつもの小説を読んでいた。
ついでにたまった郵便物を整理していると、
出版社からの一通の封筒がある。
中を開けてみると、入院前に雅恵が応募した小説が
一次審査を通過したという内容だった。
満は封筒を握り締め、畳にうつ伏せた。
『この感情は何だろう』
自分でも不思議だった。
気がつくと、封筒をカバンに入れ、雅恵の病室へ走っていた。
息を切らし「お前これを見ろ!」と寝ている雅恵を揺さぶり起こす。
「一次審査通ったんだぞ! 賞を取るまで死ぬな!」
自分でも驚くほどの声、そして頬を伝う涙。
病院を出た後、満は雅恵への想いを確認してみる。
『情に絆されるとは、こういうことなのか…?』
雅恵は半年後に亡くなった。
奇しくも賞の発表の朝だった。
葬式を済ませ、雅恵の部屋を片付けていると電話が鳴った。
雅恵の小説が大賞に選ばれたという知らせだった。
満は雅恵が書いたノートの小説を出版社に持って行った。
「日の目を見ることがなかった、死んだ恋人の小説を蘇らせたい」
満は、自分でも、嘘か、本当かわからない気持ちを口にしていた。
この美談に、出版社やマスコミが飛びついた。
雅恵が残したノートの小説はすべて出版され、ベストセラーになった。
内容もさることながら、
ガンでなくなった作家の恋人が出版したことで世間の同情を買い、
満のルックスも手伝って、一躍時の人となった。
テレビや雑誌に引っ張りダコ。俳優としてドラマにも出演した。
以外にも、才能が開花し、演技派と呼ばれるほどの名優になりあがった。
おまけに雅恵の小説の印税はすべて満の懐に。
金も地位も名誉も手に入れ、万万歳の人生を送っている満だが、
思い出すのは、雅恵の小説だった。
彼女の作品をもっと読みたかった。
満は、知らず知らずのうちに彼女の小説が大好きになっていた。
雅恵のファンになっていた。
少ない睡眠時間、
眠りにつく前に満が思うことは、
そんな彼女の最後を看取れて嬉しかったということだった。
そして、彼女のことを愛していたのだろうか、
彼女の作品を愛していたのだろうか、
この自問自答しているうちに、
また夜が明けていくのだった.。