流行語大賞
創と『クリエイツ』という漫才コンビを組んで1年になる。
新ネタを考え、テレビ局主催の『漫才グランプリ』に参加した。
『クリエイツ』の漫才そのものは大したことはないが、
作造が最後に奇声を発して言う、
締めの言葉の「クリンクリン!」というのが、
なぜか審査員と観客に大ウケし、新人賞を取ってしまった。
それから『クリエイツ』はテレビに出始め、
作造の「クリンクリン!」は皆に広まり、
挨拶代わりに巷で使われるようになっていった。
テレビをつけると番組の司会者までもが
「こんばんは」の代わりに「クリンクリン!」
雑誌を見てもどこかに必ず「クリンクリン!」の
書き出しで始まる記事がある。
道を歩いている人の会話を聞いても
どこかしらに「クリンクリン!」。
メールの挨拶「クリンクリン!」。
パソコンの検索で「く」を押しただけで
「クリンクリン!」と出てくる。
それまで素人に近い存在だった作造は、
全国の誰もが自分のことを知っている
という状況に付いていけずパニックに。
日本のどこもかしこも、
自分が作った「クリンクリン!」という言葉が蔓延っている。
自分の部屋へ帰っても気が休まることがなく、
恋人とのSEXも神経過敏になっていった。
そんな作造との身体の関係は満たされず、
彼女は人気絶頂の作造から去って行った。
一方の相棒の創は、「クリンクリン!」の作造ばかりに
スポットライトが当たってしまい、
日陰の存在となっていき、
出演依頼の声がかかるのは作造ひとりだけ。
コンビ結成たった2年目にしてクリエイツは解散した。
ひとりになってしまった作造は、
コンビでなければ漫才が出来ない。
バラエティ番組に出ても、
気の利いたギャグが言えず笑いは取れない。
根が真面目な作造は番組を降りる意思を
マネージャーに伝えた。
マネージャーは「テレビ局側は、大ブレイク中の言葉、
クリンクリンだけ言えばおまえの役目は果たせてる」
と作造に言い聞かせた。
職人タイプの作造は、プライドが高い。
自分のしゃべりがウケずに、ブレイク中の
「クリンクリン!」だけを発すれば笑いが取れることは侵害だ。
自分の志を理解していないマネージャーに腹が立って仕方ない。
そんなマネージャーに苛立ちを隠せず、「役立たず」とクビにしてしまった。
恋人も、相棒も、マネージャーもいなくなり、作造は孤立していった。
おまけに、日本中が「クリンクリン!」で、
どこもかしこも自分の存在が蔓延っている。気が休まる暇がない。
作造は不眠症に陥り、
そのあまりの苦しさに耐え切れず、自らの命を絶った。
翌日、『作造自殺』のニュースで、
日本中は悲しみに包まれた。
そして、作造への追悼の意を込め、
流行語大賞の特別賞とやらに選ばれてしまった。
特別賞の賞金で建てられた作造の墓碑には「クリンクリン!」と
いう文字が、深く大きく彫られた。
日本国中が「あの世で作造さんも喜んでいることでしょう」と涙した。
が、安らかに眠れると思っていた作造は浮かばれない。
けれど、生きていれば、たった数年、いや、あと数ヶ月かで、
おそらくこの言葉も作造も、否応なしに廃れていただろう。