未知なる恋
『略奪婚』とか『不倫』とか『道ならぬ恋』とか、
世間では後ろ指を指されるであろう言葉で
表現される恋愛があったりします。
私の親友Mは、大学時代、
アニメーションを教えに来ていた講師と
恋愛を始めました。
”恋愛を始めてしまいました”のほうが
正しいのかもしれません。
その講師はすでに結婚していて、
奥さんと、Mと同い年くらいの娘もひとりいるからです。
親子ほど年の離れているふたり。
昔からMは、年の離れた男性に魅かれていました。
初めて恋愛の相談を受けたのは中学2年の冬、
理科の先生のことが好きだと打ち明けられました。
先生は、当時30代だったと思います。
冬休みに届いた年賀状には
『先生のこと内緒だよ』
なんて言葉が付け加えられていていました。
家にいるときも、
先生のことばかり考えていたんだろうな、
と思うと、
中学生なのに、
いえ、中学生だからこそ、
真剣に先生のことを見つめていたのかもしれません。
さて、話を元に戻しましょう。
Mは、その大学時代の講師との間に子供ができました。
講師はまだ離婚が成立しておらず、
娘が嫁ぐまでは父親でいてあげたい、
だから今は再婚はできない、
と言われたそうです。
けれどMは、出産しました。
一緒にいると親子に間違えられるほどだし、
かっこいいとは言えない、
普通の、どこにでもいるおじさん。
美人のMがなぜ講師を選んだのか、
あるとき理由を聞いたことがありました。
「見た目も中身も、ほんと、
おじいさんみたいなんだけど、
すごい才能があるの。
先生の作るアニメーションの作品が、
先生が描く絵が大好き。
それだけだよ。
それがなかったら好きになってなかった」
笑いながらそう答えました。
私は、妻帯者ではない、
独身の男性と結婚しましたが、
3年で別れてしまいました。
Mに会って報告すると
「ずいぶん早かったね」
と言ってくすっと笑った。
まるで私が離婚することがわかっていたかのように。
どんな慰めの言葉よりも、
気持ちが軽くなったような気がしました。
Mは一歳になったばかりの息子を抱えながら、
別れ際
「お互いに頑張ろうね」と言ってくれました。
Mの瞳は、少しだけだったけれど涙が滲んでいました。
あれから時が過ぎ、
Mとはもう何年も会っていませんでした。
ある日、本屋さんで何気なく手に取った絵本の著作名に、
Mの名前を見つけました。
苗字はそのままだったから、
講師とはまだ一緒には、
なれていないようでした。
けれど、監修には、
しっかりと、講師の名前が印刷されていました。
ふたりで作った作品が世に出ているし、
子供だってすくすくと育っているに違いない。
きっとMは今、幸せに暮らしているだろう。
その絵本の内容で、
私はそう確信したのです。