まぼろし
この主人のひと言で、
夏休みの旅行は中止になった。
いつものことだから慣れてる。
私は
「いいのよ。仕事だから仕方ないじゃない」
と最良の笑顔で、良き妻を演じる。
それにしても今年の夏は暑すぎる。
キャンセルしようと思った避暑地のホテルだけれど、
ひとりで出かけることにした。
主人も
「キミの好きなようにすればいい」
”妻を自由にさせてあげている”
寛大な夫を装っている。
私たち夫婦は、もう半年、瞳もカラダも合わせていない。
あの頃好きだった人に、
こんなところで出会うなんて、
私はまぼろしを見ているのかもしれない。
「素足がきれいなところ、変わってないね」
あなたは耳元で言う。
「女性を足元から見るところ、
変わってないのね」
暑い夏の、
まぼろしだろうか。
別れてからもう3年になるのに、
あなたはあの頃のまま。
違っているのは、
お互い、
左手の薬指にはめた指輪。
ホテルのベッドで、
服を脱がせあって、
指輪も取りあった。
夏の夜の夢のように、
消えてしまわないように、
ふたり、
指を絡め、手を握り合い、
確かめるように何度も抱き合った。
こんなの、まぼろしよね、きっと…