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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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メシ便所

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トイレの芳香剤が香る静かな個室。
今日も俺はトイレで弁当箱を広げる。

「ふふっ……」

つい、顔がにやけてしまう。
大学の誰もいないこのトイレでひとり弁当を食べる。

我は便所メシスト。

孤高にして究極のグルメである。

食堂の騒がしい場所では食事を楽しめない。
けれど、トイレなら誰にも邪魔されず
弁当の内容で口を挟まれる心配もない。

けれど、購買でパンを買うやつはメシストとして日が浅い。

パンは袋のガサガサの音が目立ってしまう。
便所メシストは常に気配を消しながら食事をとる必要がある。

なぜなら、トイレで食事を取ることは
一般的には恥とされている行為で、
その先入観を持つ人にメシストの美学を語っても同意は得られない。

さて、前置きが長くなった。

便所メシストの食事の時間は限られている。
必要以上に個室にこもれば、感づかれてしまうからだ。


最初はなにを食べようか。
まずは、シュウマイといこう。

ふふ、冷凍食品でもこの味わい。
皮に包まれた肉が口の中でほどよく押し返す。

そして、静寂。

目をつむり、咀嚼する音に耳を傾けながら
無限に広がる味の草原をはだしで走り回る。


「はぁ……最っ高……」

と、声が漏れてしまった。

まだ口にシュウマイの肉汁が残るうちに、
ご飯を入れて、草原に大輪の花を咲かせようじゃないか。


キィッ……。


「……っ!!」

危うく箸を落としそうになった。
便所メシストにとって、落下は致命傷。
3秒ルールなんか適用外で即食事終了になる。

誰かがトイレに入ってきた。

いったん食事は中断だ。
箸の音に感づかれれば、
このトイレがメシストの憩いの場と気付かれる。

そうなったが最後、冷やかしに来るやつらで聖域は汚されるだろう。

ここは息を殺し、さも普通に用を足している風にしなければならない。




長いな。
まだ出ないのか。

用を足している音も聞こえない。

まさか、鏡で髪でも治しているのか?
このナルシストめっ、なんでこのトイレでっ……!

広げたままの弁当箱からは
"早く食べて""おいしいよ"と甘い誘惑が香ってくる。

早く出ていけこの野郎。
便所メシストのミサを邪魔するんじゃない。


しかし、待てど暮らせど出ていく気配はなかった。

このままじゃ休み時間のリミットが来てしまう。
こうなれば、個室の外にいる奴に気付かれないよう食事をとるしかない。

食事をあきらめてトイレを出る選択肢もあるが、
どのみち、奴が消えない限り個室を出ることはできない。

弁当箱をもって個室から出てきたら、
俺がここで何をしていたのかバレてしまうからだ。


箸の音、包み紙のスレる音すら注意して食事を進める。

幸い、今日の弁当には歯ごたえ系のものはない。
レンコンなんか入っていたらアウトだった。

しかし、奴はこのトイレに何しに来たんだ。
迷惑過ぎて殺意がわいてくる。

せっかくのお弁当もしっかり味わえなかった。


カラカラカッ。


わざと大きな音を立てながらトイレットペーパーを回す。
その音に合わせて弁当箱を閉じて音をごまかす。

食事は終わったが、問題はこのアルカトラズからの脱出だ。

外には奴が控えている以上、出ることはできない。
かといって、モタモタして休み時間を過ぎれば
ひとりだけ授業に弁当箱を持参しての遅刻という恥をかく。

進むも地獄、とどまるのも地獄。


問題は奴をどうやってトイレから追い出すか。

開いている個室に入らなければ、手を洗う音もしない。
髪型を整えているにしても、明らかに長すぎだろう。

いったい奴はなにを企んでいる。
この孤高の便所メシストをどうして邪魔するんだ。


いや、待てよ?

こんな人が来ないトイレにわざわざやってきて、
長時間おそらく鏡の前で髪を直しているとすれば
奴はきっとシャイなナルシストに違いない。

きっと、身だしなみに気を使っている自分を見られたくないはずだ。

そうとわかれば……。


シャバ―。

俺は立ち上がり、レバーでトイレを流した。
音に合わせてすかさず弁当箱を片付ける。

わざとチャックを上げるような音、ズボンをずり上げる音を響かせ
個室の向こうにいる奴に「今から出ますよ」サインを送る。

これでシャイな奴はトイレから逃げるはずだ。


に、逃げない? どういうことだ?

足音は聞こえなかった。
奴はまだこの聖域にいる。

くそっ、サインを出したのは失敗だった。

この時点で個室から出ないとかえって不自然。
個室を出るしか選択肢がなくなってしまった。

こうなれば、トイレを開けた音で奴が逃げるのを信じるしかない。

奴がさっきのサインを聞き逃したと信じて。
シャイなナルシストだと信じて。


ガチャっ。

聞こえよがしに鍵を開け、いちかばちか戸を開けた。



でも、奴は逃げなかった。
個室を出た俺とばっちり目が合った。

「君は……メシスト?」

奴……いや、同志の手には弁当箱が携えられていた。

「す、すまない。
 実はトイレで食事をするつもりだったのだが
 一番音が響かない個室がなかなか開かなくて待っていたんだ」


※ ※ ※


「今日の芳香剤はオレンジだね。
 さわやかな香りが食欲をさらに増進させてくれる」

「まったくだ。窓から漏れ聞こえてくる
 グラウンドの騒がしい声も心地いいBGMだ」

その日から、便所メシストは2人になった。
二人は別々の個室に入りながら、
それぞれの弁当を広げて食事を進めている。

「こういうのも、悪くはないな」
作品名:メシ便所 作家名:かなりえずき