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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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触欲旺盛はとめられないっ

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ガタン、ゴトトン……。

人がすし詰めになった満員電車に乗っていた。
つり革の苦い味を味わいながら、必死に耐えている。

ああ、早く味わいたい……。

※ ※ ※

今から振り返れば、
やっぱり自分の感覚は人より優れていた。

友達とレストランに行った時だった。

「お待たせしました。ハンバーグでございます」

テーブルには凹凸のある球体が置かれる。
友達はすぐに球体をひっつかんで触感を味わい尽くす。

「ああ、掌を通してジューシーさが伝わる。
 やっぱりここのハンバーグは最高だ」

俺も球体を手に取り、自分の触欲を満たす。
でも、伝わってくるのは安い化学調味料でごまかされた味だった。

「うぇっ、ダメだぁ!」

ほぼ反射に近い感覚で球体を放ってしまう。
不愉快そうにしたのは店の人よりも友達だった。

「なんだよ……お高く留まりやがって。
 自分は最高級品じゃないとダメだってか?」

「い、いやそうじゃなくて……」

「もういい!」

俺の触覚は人より優れていた。
だからこそ、繊細な味もその奥の味も感づいてしまう。
感付きすぎてしまうから人に合わせることができなかった。

それは、会社の飲み会の席だった。

「それじゃープロジェクト成功を祝して、かんぱーい!」

全員が細長い球体をつかんで、交互にぶつける。

「手のひらからホップのうまみが伝わる!」
「これとってもいい触り心地よ!」
「この触感……最高だ!」

周りの雰囲気に流されて、
一番近い物体を手に取った瞬間。

「ぐぇっ! なんだこれ!?」

もう声が出るのと、放り投げるのはほぼ同時だった。
楽しかった飲み会の席は一瞬でしんと静まり返る。

自分たちが褒めちぎっていたものを、
たった一人が真っ向から否定していい気分になるわけがない。

「なんだお前……この店のは手に合わないってか」
「自分だけ特別だとでも言いたいの?」
「それとも私たちの触感が鈍いってこと!」

「ち、ちがう! そんなつもりは……!」

宴会の席からけりだされ、
しなびた木目に手をついて、そこから伝わる苦みを味わった。

「はぁ……なんでこんなことに……」

こんなのは序の口で、まだまだ数え切れないほどの出来事があった。
俺が自殺という選択肢へ追い詰められるまで
そう時間はかからなかった。


「ホント、この世界には突出したものは生きられないな」

ビルの屋上の金網をつかみながら、眼下を見下ろす。
誰も人がいない裏路地。
手のひらからは金網のサビの味を感じる。

俺は一歩踏み出すと、体がふわりと浮かんだのが分かった。

そしてすぐに体全体をばらばらにするような強い衝撃。
コンクリートに叩きつけられたのがわかった。

地面には自分の血が広がり、
俺が最後に感じたのは自分が流した血の味だった。
……あんまり、金網のサビと変わらなかった。


数日間眠っていた俺は病室で目が覚めた。

「あの高さから落ちて生きているなんて奇跡ですよ。
 きっと神様もあなたには死んでほしくなかったんですね」

「そんなまさか……偶然ですよ」

看護師のジョークに笑い、無意識に体に手を当てたそのとき。


―― 変な味がする。


俺の事故後、さらに研ぎ澄まされた触感により
自分の体から変な味がすることが分かった。

「あの、すみません。
 このひじの……この部分。ここだけ変な味がするんです」

「え? さっきの検査では特に異常なかったんですがね」

もう一度検査してわかったことは2つ。
1つは、重大な病魔が潜んでいたこと。
2つ目は、俺の優れた触感の使い道がわかったことだった。

「わかる……俺の触感なら、病気がどこに潜んでいるかわかる!
 だから神様は俺を活かしてくれたんだ!」



それから、数か月。

どんな病気もたちどころに見つけてしまう名医として名をはせた。

「先生、ワシ最近席が止まらないんじゃ」

「では、触りますね」

おじいさんの体を触っていく。
けして、いい味とは言えないものの一部でひどい味がした。

「わかりましたよ、原因は肺ではなく、心臓です」

「ありがとう存じます、ありがとう存じます」

「いいえ、私もこの触感を役立てられて幸せです」

気付けば年収10億円もかたい医者として知らない人はいなくなった。
あれだけ嫌っていた自分の優れた触感も、
今では自分の生活になくてはならない存在となっていた。

※ ※ ※





「……ということなんです。私は医者です」

「あなたがどこの名医なのかは知りませんがね。
 電車で女子高生のお尻を触ればそれは痴漢です」

警察は俺の手に手錠をかけた。
手錠の味は冷たくて、とても苦かった。