心人間 or 体人間
「お前な……心にも思ってないこと言うんじゃねぇよ。
顔が笑ってないんだよ。このうそつきめ」
そんなことはない。
本当に心から先輩のギャグは楽しいと思っている。
「お前と話しているとつまんねぇわ。
リアクションも薄いし、全然笑わないし」
※ ※ ※
昔から、あまり表情に出ない性格だった。
飼い犬が死んだときも心から悲しかったのに、
涙一つ、それどころか悲しい顔にすらならなかった。
ついたあだ名は「ターミネーター」
「俺も感情はあるんだけどなぁ……」
「知ってるよ」
誰もいない部屋なはずなのに声が聞こえて振り返った。
後ろには体が影のようなシルエットの人間がいる。
ただし、顔は……顔だけは俺だった。
慌てて鏡を見てみると、
自分の顔には影のようなシルエットになっている。
「なんでお前、俺の顔をしているんだ?」
「僕は君の心人間。心が人の形になって分離したんだ。
今の君には感情がごっそり抜け落ちているはずだ」
「確かに、この状況だっていうのにぴくりとも驚かない。
それじゃ体は……」
「体は君のものだ。心は僕が担当する。
僕らはふたりで1人の人間なんだ」
「でも、俺の体で一部シルエットになっているところが……。
いや、やっぱりなんでもない」
心人間と、体人間。
それぞれ役割分担しながら一緒に生活することにした。
「へぇ! そうなんだ!」
「すごいな! それ面白い!」
「おいしーーい! これおいしいな!」
心人間は感動を全力で表現する。
体人間の俺は仕事などを担当する。
しだいに人が集まるようになってきた。
心人間の方だけに。
「今日、飲みに行かないか?」
「今週の休日どっか行こうぜ」
「あの、よかったら今度食事でも……」
誘いはいつも心人間の方にばかり集中した。
そうはいっても、心と体が離れるわけにはいかない。
心人間が行く場所には、俺も同行する必要があった。
「あっちは、いらねぇんだけどなぁ……」
聞こえよがしによく愚痴られた。
体人間で感情が抜け落ちているので、なにも感じないけど。
心人間から話があったのはしばらくしてから。
「……なあ、僕たち別々になったほうがよくないか?」
「なぜ?」
「わからないか?」
「わからない」
「みんなが求めているのは、感情丸出しの僕。
なにも反応を返さない君じゃない」
「そうか」
「なにも思わないの?」
「……体人間だから」
「今ここで死ねって言ったらどうする?」
「死にたくはない。でも恐怖はない」
「今、僕は君を重荷に感じて苦しくて死にそうなんだ。
だから、その体をよこしてさっさと死んでくれ!」
心人間はシルエットの体で首を絞めてくる。
もちろん、実体の俺を絞め殺すことはできない。
「くそっくそっ! 心じゃ体を殺せない!
求められているのは……僕なのに!!」
「わかった。それじゃあ俺は死ぬ」
「えっ……」
「求められているのは俺じゃない。
ただ仕事をして、ただ生活をするだけの
機械みたいな人間……求められているのは俺じゃない」
感情がない人間は、もう人間じゃない。
人は異質に対してアレルギーみたいに遠ざけてしまう。
「人に求められているのは俺じゃない」
「だからなんだよ!!」
心人間は怒鳴った。
「お前の気持ち、僕がわからないわけないだろ!
求められるから誰かに合わせるのか!? 違うだろ!
本当はそんなこと望んでないだろ!」
「俺は……わからない。感情がない」
「だったら僕が言ってやる!
僕らは……俺たちは、等身大の自分でいたいって思ってるんだ!!」
その瞬間、心人間は泡となって消えてしまった。
自分の体に心が戻ってきたのがわかる。
「わかった……自分の気持ち。
俺はこのままでいたいと思っているんだ。
感情表現がへたくそな自分が好きなんだ」
たぶん、心人間ほど人気は出ないだろう。
でも自分でいられるならそれでいいと、少し思えた。
気がかりなのは、いまだ戻らない体の一部。
つけっぱなしのテレビからニュースが流れた。
『最近になって頻発している変態が捕まりました!
犯人の体は影のようなシルエットとなっております!
……一部分をのぞいて』
中継にはモザイク加工されたシルエット人間が映し出された。
「俺は性欲人間! 性欲まるだしでなにが悪いぃぃーー」
俺は戻った感情で「恥ずかしい」と心から思った。
作品名:心人間 or 体人間 作家名:かなりえずき