これを読む前に契約を
「誓います」
「では……誓いのキスを」
「その前に、この契約書にサインして」
私は夫の前に契約書を出した。
・結婚しても暴力を振るわない
・休日には毎回妻に気遣うこと
・給料は常に乙が管理すること
などなど、総勢１０ページの簡略版。
「な、なにもこんな場所で書かなくても……。
ここは結婚式場なんだし」
「だからこそ、よ。
明日にもUFOが攻めてきて
ゆっくり目を通す時間がないかもしれないでしょ」
「だいたい契約書なんているのか？」
「いるに決まってるでしょ！！
それともなに？ サインしたくない理由でもあるの！？」
「ないけどさ……」
夫にサインさせて誓わせると、やっと安心できた。
契約書は未来の約束。
サインさせれば未来に何が起きても安心。
私はそれを信じて疑わなかった。
結婚の翌日、夫が浮気するまでは。
「信じられない！！ 契約書を破ったわね！！」
「違う！ 浮気は禁止てたけど、
異性との交遊は禁止してないだろ！？
これは契約書の違反じゃない！」
「はあああ！？」
慌てて結婚契約書を確認してみると、
たしかに何をもって浮気とするのかの確定
およびそれに対する罰則が抜けていた。
浮気した夫よりも、
そのことを防げなかった自分が許せなかった。
「もう人なんて信じられない！！」
■友達契約書
・甲は乙に対し毎週遊びに誘うこと
・甲は乙の恋人をみだらに誘わないこと
・甲が乙の裏切りをした場合には罰金（下記）を払うこと
などなど。
総勢１００ページ。
「というわけで、あなたは私の親友だから
改めてこの友達契約を結んでほしいの」
「それはわかるけど……。
こんなもの契約しなくても……」
「ダメよ！ 何か起きてからじゃ遅いの！！」
サインしてもらうと、やっと安心した。
今度は前みたいな失敗はない。
これで安全な友達を作れるのだから安いもの。
私がことあるごとに契約書にサインさせていると、
だんだんとそれがブームになっていった。
もちろん、私の方にも契約書が回ってきた。
■知人契約書
■恋人契約書
■親子契約書
何一つ見落としがあるわけにはいかない。
蟻よりも小さな文字で書かれた1000ページも契約書を
それぞれ一つ残らず読み覚えていった。
契約はなによりも大事だ。
契約書はついに世界中を駆け巡るようになった。
今ではもうコンビニで買い物するのにも契約書がいる。
煩わしさはあるものの、悪い気はしない。
店員の態度が悪くて不満になることもない。
お釣りを着服することもない。
期限切れのおにぎりを買ってしまうこともない。
「やっぱり契約書は最高ね！」
だって契約しているのだから。
もう契約書がない世界なんて考えられない。
契約書がなくなったらきっと不安で耐えられなくなる。
「そうだ！ 今度は人間として
人間らしく生きるための契約書を作らないと！」
※ ※ ※
そんな惑星に宇宙人がやってきた。
目的は侵略するかどうかの調査だった。
「それで、どうだったんだい？
地球という惑星に調査しにいったんだろう」
「ああ、友好的な惑星だったよ」
「友好的？ きみ、地球人の言葉がわかるのかい？」
「いいや、まったくわからない。
なにかごちゃごちゃ言ってはいたけどな」
宇宙人は顔をしかませた。
「だったら、なんで友好的だなんてわかるんだ」
偵察に行った宇宙人は
地球人からもらった大量の契約書を取り出した。
「地球についた瞬間、これをもらったんだ。
地球の資源を伐採してわざわざこれを作ってくれたんだぞ。
それも真っ先にプレゼントするなんて、友好的な民族じゃないか」
「こんなに大量にタダでもらったのか。
よほど友好的な民族なんだな」
ふと見ると、びっしり何か書かれている。
もちろん地球語なので読めはしない。
「なにか書いてるみたいだが、
このプレゼントはいったいどう使うんだ？」
「さあな？ ケツでも拭くんじゃないか」
宇宙人は大量の契約書をそっとトイレに置いた。
そのころ、地球では宇宙人に不可侵契約を結んだと歓喜していた。
作品名：これを読む前に契約を 作家名：かなりえずき