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スーパーノヴァ

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「舞台はだいじょうぶなのですか」
 これは不用意な質問であった。六代目は機嫌を損ねたようではなかったが、心配は無用であると微笑んだ。
「幕が上がれば、19の娘に変わります。お客様にはもちろん、内の人間にも、情けない姿は見せないのが、一流の役者というものです」
 澱みのない口調だった。おなじような台詞を、若い恋人の口から聞いたことがあった。紅乃介の50年間がどんなものであったかは、目の前の青年が体現している。わたしは胸が詰まるような思いであった。
「どうぞ。ご案内しましょう」
「いいえ、それには及びません」
 腰を浮かせようとする六代目を制した。
「会ってやってください。父も喜びます」
「さきほど、あなたも仰った。彼が紅苑の名をつかわなかったのは、単に昔を懐かしんだだけではないでしょう」
 六代目は不思議な目でわたしを見据えた。責めるような口調でいった。
「お帰りになるので?」
「とんでもありません」
 彼は舞台で、わたしは客席で再び会う。50年の月日を経て、わたしたちの意識はひとつになっていた。

「鏡獅子」は素晴らしいできばえであった。六代目結城紅乃介の演じる弥生は愛らしく、上品で、観客を虜にした。結城の若旦那は本当にすてきねえ。隣の席の若い女性が、蕩けるような声で呟いた。
 近松門左衛門の「曽根崎心中」は、梅田・曽根崎の露天神の森で情死した醤油屋の手代徳兵衛と、遊女のお初の悲恋の物語だ。奉公からもどった徳兵衛は、信頼していた身内や親友の手ひどい裏切りに遭い、絶望して、死を決意する。ふたりは手に手をとりあって、互いに命を絶つ。
 もしもあのとき、すべてを棄てて紅乃介……いや、梧郎とともに生きる道をえらんでいれば、今頃どうなっていただろう。考えてもどうしようもないことに思いを馳せながら、わたしは開演のブザーを聞いた。
 囃子の軽やかな音色とともに、幕が上がった。絢爛な朱色の衣装に身を包んだ大名題の真女形、結城紅苑が、純白の舞台にその姿をあらわした。



おわり。
作品名:スーパーノヴァ 作家名:新尾林月