眠りこそしない。豊かな木々がジャングルの奥に潜む。雪の降るジャングルに奇妙な男が時に倒れながら、歩いている。男のまぶたは、今にも落ちそうだ。5度目に崩れた時、ついに起きないかと思われた。雪の降るジャングルは危険。わかっているはずなのに、男は目覚めようとしない。寒さで寄り添っていた野生猿たちが、集まってきた。鳥の王孔雀も、男をくちばしでつつけるくらい近い。そこに象が最後にノシノシと入ってくる。男を踏みつけないように、計算された動き。象の鼻には、一本の棒。虫たちも準備万端だ。草木の下から、今か今かと待ちわびている。棒が踊る、踊る。同時に、えもいわれぬ大合唱が聞こえてくる。マエストロエレファントもパオーンと鳴いている。音を出せる生き物たちは全力を尽くす。奏でるレクイエムは、まるでモーツアルトさながら。鋭い音が時に入り、そして、ゆるやかに変奏していく。音の洪水は、眠っている男の脳を駆け巡り、春が来たと告げ知らせる。エテ公の輪唱も、絶頂を迎えた。孔雀は、色彩をこの楽団に与えるべく、宙を舞う。色とりどりの羽が静かに雪の上に落ち、白いキャンパスに強烈なインパクトを贈る。男が震えた。あくびだ。全てを食いつくすサメに勝るとも劣らぬ巨大な口。その間も演奏は続いている。休むことない楽士たちの饗宴が盛り上がる。ついに、男の目が開いた。目の前に巨大な象がいるのにビックリしていたが、やがて、耳をおさえる。男が何かを叫んでいる。ジャングルの生き物たちは、一拍だけ、休符をとる。その間に男の声が少しだけ聞こえる。「……えよ」なんだろう?動物たちは、興味深く思いながらも、音楽は、クライマックスへといたる。ジャングル中が、燃え上がっているように、音量は最大になる。いつの間にか、虎たちも集まってきている。少なくとも3匹。回る、回る。象の周りを回り狂う。男は、じっと座っていたが、やがて、象に近寄り、棒を受け取る。巨大な陸ガメの上に乗ると、男は動物たちを見回した。男の両手は、棒とともに揺れ動く。激しく。繊細に。そして、最後に洗練された音を導き出す。生き物たちの交響曲は、静かな休息のリタルダントへと移行していく。まず、最初に眠ったのは、カメだった。男を乗せたまま、甲羅の中にひっこんでしまう。一匹、また一匹とやすらかに消えていく。鎮魂のメロディは、なだらかな終わりへ。男が最後に残されてしまう。まるで始まりと逆である。男はやがて、棒を置き、眠っている生き物たちをおいて、ジャングルから去っていく。「さようなら。さようなら。また会う日まで」それから男は2度とジャングルに帰ってこなかった。