10億円を持ったホームレス
2000万円の小切手
札幌の雪祭が観たくなり函館に来たが、電車を使っては早く着いてしまうので、ヒッチハイクで行くことにした。人の親切に触れられるはずだと思ったのだ。5号線脇に立ち、ダンボールに『札幌方面お願いします』と書いた。雪の降る寒い日だ。雪で文字が見えないのかもしれないが、30分立っていたが停まる車は無かった。寒さに慣れていない体は肌をめくられるような痛さを感じ始めた。ダウンのジャンバーと厚手のスラックスなのだが、立っているのは限界であった。吉沢は諦めて駅に向かった。
「おじさん途中だけれど乗っていく」
黒い軽自動車から声がした。
「嬉しいです」
吉沢は傘をたたみ車のドアを開けた。
「長万部まで行きますから」
「札幌の雪祭りが観たくて来たんです」
「夏のヒッチハイクは沢山いるけれど、冬は珍しいね」
「僕はホームレスですから」
「そう、だったら泊まって行くといいよ。雪祭りまで3日もあるから、雪かきで男手が必要なんだ」
「本当ですか、お願いします」
「ホームレスには見えない。いい男だね」
「僕は吉沢と言います。お名前お聞きしてよろしいでしょうか」
「大塚博美」
「大塚さんと呼ばせてください」
「博美でもいいよ」
「それでは親しすぎでしょう」
「私は43歳だけど独身なんだ。一目惚れだね」
「実は僕もこの年まで独身でした。どうして僕を乗せてくれたのですか?」
「20分前に通ったのよ。それで同じ人が立っていたから、もしかしてヒッチハイクかなと思って、Uターンしたら歩きだしたから、後を追ってきたわけ」
「親切な方にお会いできてよかった」
「当たり前の事よ」
大塚さんはタバコを僕に差し出した。
「吸いません。以前吸っていましたからどうぞ」
「それでは、遠慮なく、緊張しちゃうと、吸いたくなるんだ」
横顔だけか見えなかったが、信号待ちの間に彼女はタバコに火を点けるようにと僕にライターを手渡した。彼女は素顔なのだろうほほは赤く子供のように見えた。ショートカットの髪であったから年齢を感じさせない若さを感じた。
「吉沢さんはおいくつ」
「63歳ですよ」
「20歳違いか、私が食べさせてあげる。馬鹿みたい」
「嬉しいですよ。でも今日会ったばかりでは、きっとご迷惑ですよ」
「ビビーって来たんだから、幸せになれるって」
「幸せって言葉の響きいいですよね」
「私って不幸な女なのさ。今日も78歳の母のところ、函館の老人ホームに行ったのだけれど、ホームに入るまでずーっと介護。7年間。兄も姉もいるのに、私が独身だったから」
「いいじゃないですか、お母様は喜んでくれますよ。僕と一緒に雪祭り行ってください。神様がいるかもしれませんから」
「行ってみようか。仕事休みとらなくちゃ」
「仕事は何をされてるんですか」
「タクシーの運転手」
「それなら休みは取らなくて、タクシーで行きましょう」
「いくらかかると思う」
「宝くじが当ったんです。お金は大丈夫ですから」
「無理しない」
まだ3時前であった。僕は銀行の駐車場に車を入れてもらった。30万円引き出した。
「とりあえず、札幌に行くまでの宿泊代です」
大塚さんに渡した。
「リッチなんだ。でも受け取れないよ。私が食べさせるって言ったんだからさ」
僕は彼女は本気なのだと感じた。彼女の事は親切だって分かる。でも、何もお互いが知らな過ぎだ。このまま泊まり込んでしまったら、幸せになれそうだけれど、僕は旅をしたかった。
個人タクシーでも始めてください。いつか立ち寄ります。
2000万円の小切手を切った。
「すみませんここで降ります。これはお礼です」
僕は彼女が追わないようにと車の進行方向と逆の方向に歩いたが、さすがに運転が上手く、大声が聞こえた。
「あなた馬鹿じゃないの。受け取らないわよ。止まってよ。換金しないから」
ぼくは狭い道に入った。
作品名:10億円を持ったホームレス 作家名:吉葉ひろし