怪人100面相の代理人生
いまや完全に職種を変えて生活していた。
かつての仕事への未練はまるでなくなって、
今ではこの「代理人生」の仕事を楽しんでいる。
「いやぁ、君は素晴らしい働きぶりだね。
これからもわが社の営業として頑張ってくれたまえ」
「はい、もちろんです」
とある会社に努めて、一定まで成り上がると
依頼者のもとに戻って報告を行う。
「ご依頼の通り、会社で昇進までしましたよ。
代理人生の仕事はこれまでです。
あとは、あなたにおまかせします」
「ああ、ありがとうございます、怪人さん」
依頼者は大いに喜んで、
俺が気付き上げた人生をバトンタッチして送りはじめた。
どんな顔にでも化けられる特技があってこその仕事だ。
あるときはニートの代理で面接を受け、
あるときは急な仕事の穴埋めに呼ばれて、
あるときは、こじらせた人間関係の修復も頼まれる。
「ええ、この怪人100面相におまかせください。
必ずや代理で人生基盤を作ってみせますから」
代理で他人の人生の1シーンにかかわることは
まるで俳優として映画に出るような楽しさがあった。
そんなある日、一人の男がやってきた。
もう、その顔を見ただけで依頼の察しがついた。
「あ、あの、ぼぼぼ、僕……女性と話したことなくって。
恋人が欲しいんです、手が握りたいんです。
というかもう、早くヤリたいんです。それだけなんです」
「どんな代理の人生でもお任せください。
この怪人100面相にできない代理はありません」
まあ、女性を自分の性欲のはけ口にしか見ていない
その姿勢をまず治す必要があるとは思ったが黙っていた。
「ほ、本当ですか! ああああありがとうございます!
できたら、おっぱいとお尻が大きくて
気遣いができて、優しくて、清楚で、おっぱいが大きい子で!」
「理想高っ!」
けれど、難しい依頼ほどやる気は出た。
かつての泥棒家業のように、
とても手に入らなそうなものを手に入れたときの快感はひとしお。
それから、俺は必死に恋愛活動を進めていった。
「怪人さん、まだ見つからないんですか」
「すみません、もう少しだけ」
「怪人さん、早く恋人を見つけてください」
「はい、もうちょっとだけ……」
「怪人さん! こっちはもう限界なんですよ!」
「必ず! 必ず見つけますから!」
難航と催促の繰り返しだった恋愛活動のかいあって、
ついに依頼者の希望に沿えるような人といい感じになった。
「今日は楽しかったわ。また明日ね。
話があるって、なんなのかしら。楽しみにしてる」
「ああ、また明日」
依頼者の彼女候補と食事を終えて別れた。
あとは明日告白すれB依頼完了だ。
彼女との雰囲気もこの期に及んで断られることもない関係だ。
「はぁーー、やっと手に入れられたなぁ」
とても不可能に思えた依頼者の希望を達成し、
これ以上ない達成感がやってくると思っていた。
でも、俺に襲ってきたのは違うものだった。
「……彼女、手放したくないな」
翌日、彼女を呼び出すと俺は告白した。
「実は君に隠していたことがある。
俺は代理で君との関係を進めてきたんだ」
「えっ、それじゃあ代理人生の人なの!?
誰かの代わりに人生を進めてバトンタッチするっていう……」
「いやに詳しいね。実はそうなんだ」
俺は依頼者との契約書を取り出して、びりびりに破り捨てた。
「でも、君との関係だけは代理で終わらせたくない。
これからは代理としてではなく
ひとりの男、怪人100面相として過ごしたいんだ」
「怪人100面相って……あの泥棒の?
どんな顔にでも作り替えられる伝説の泥棒よね!?」
「良く知っているね。
俺の情報なんて同業者しか知らないのに」
「でも、あなたみたいな人と一緒になれるなんて……。
こんな展開をずっと待っていたの!」
「それじゃ答えは……」
「もちろん、イエスよ!」
この瞬間、ここからの人生は俺のものとなった。
泥棒の仕事では感じえなかった嬉しさがこみ上げる。
「代理人生の仕事もこれまでだ。
依頼人が追いかけてくるとマズいから引っ越さないと」
「わかったわ、荷物をまとめてくる。
駅で落ち合いましょう」
いったん別れて、俺は荷物をまとめて駅に向かった。
まだ彼女は来ていなかった。
きっと来るはずだ。
彼女も俺と同じ気持ちのはず。
「怪人くん!」
大きく手を振りながら、女はやってきた。
「……あれ? そんなに太ってたっけ?」
顔こそ同じだったが体型が明らかに違った。
誰だこいつ。
「逃避行なんて展開、乙女のあこがれよねぇ。
さあ、怪人くん。一緒に逃げましょう! どこまでも!」
「ちょっ……ちょっと待って~~!!」
彼女のポケットから1枚の広告がひらりと落ちた。
『代理人生、なんでも請け負います! 怪人200面相』
作品名:怪人100面相の代理人生 作家名:かなりえずき