ギブアンドテイク【番外編】
名前
【名前】side 由菜
婚姻届を書いてたときだった。
「なあ、滝本」
「なんだい、高峰」
「……いや、なんでもない」
呼ばれたから聞いたのに、やけに歯切れのわるい返事。
ーー婚姻届の証人は両親がいいと思って、両家あいさつのときにそれぞれの父親に書いてもらっていた。
書類もそろえないといけないし、秋にわたしが九州へ行くときに婚姻届を出そうと話していたのだ。
「なによ。はっきり言って」
「……苗字、よかったのか」
「あー、そんなこと?いいのいいの、別にすごい家の人じゃないんだからこだわりなんてあってないようなものだし。ちょっとさみしいけどね」
今まで自分にずっとついて回ったものだから、さみしくないわけがない。
ーーあ、そうか。
わたし、高峰由菜になるのか。
「『た』から始まるのは変わらないから、そこまで変じゃないかも」
「……え?」
「『高峰由菜』って名前の響き。わるくないでしょ?」
婚姻届に新しい名前を書く欄がないのはちょっと意外だった。
練習しないと、しばらく慣れそうもない。
会社の名刺は発注してあるし、見てたら自然となじむんだろうか。
「なあ、滝本」
「え、また?」
「……名前で、呼んでいいか」
固い声で、さっきから彼が言おうとしてたのがこれだとわかる。
下の名前を高峰が呼ぶの?
違和感があって、おもしろい。
「うん、いいよ。わたしはそのまんまでいくけど」
「え、おまえ……自分も高峰になるんだぞ?」
「そうだけど。康介ってわたしが言うの、変なんだもん。高峰は高峰」
彼のフルネームがわからないわけじゃない。
学校でずっと見てきた名前だし、携帯の電話帳にも「高峰康介」と登録してある。
もう10年くらい「高峰」「滝本」と呼びつづけたのに、変える必要もないと思うのだけど。
「……まあ、いいか……滝本らしくて」
かなり残念そうな高峰は、さっそくわたしの旧姓を口にするのだけど。
なれるのも大変そうだなあ。
【名前・おわり】
作品名:ギブアンドテイク【番外編】 作家名:かずさ