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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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ぜいたく監獄のさとり世代

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「なんでそんなもの買うんだよ」

ブランド品を身に着ける友人に疑問を感じた。

「なんでって欲しいから買ったんだけど」

「どうして欲しくなるのかわからない。
 高い時計を買っても正確な時間がわかるわけでも
 高い靴を買ったら歩きやすくなるわけでもないのに」

「さとり世代のお前にはわからないよ」

まったくわからなかった。
なぜ意味のない消費をしたがる。

さして今が変わるわけでもないのに
わざわざ消費するくらいなら使わない方がいい。

「みんな頭おかしいんじゃないか」

そうとしか思えなかった。
そんな考えを持っていたために、俺は収監された。

檻の向こう側で年老いた看守が立っている。

「ここは"ぜいたく監獄"じゃ。
 消費を恐れる人の矯正施設なんじゃ」

「ちょっと待ってくれ!
 それじゃ俺はいつになったら出られるんだ!
 この服を見てくれよ! 普段着のままなんだ!」

「すまんねぇ、わしは目が見えないもんで。
 お前さんの刑期は3年じゃから、
 なにごともなければ3年後に出られるじゃろ」

「悪いこともしてないのに捕まるなんて……」

納得いかないままぜいたく監獄の生活がはじまった。
生活は普通の囚人と同じように
決まった時間に食事が差し入れられ、仕事をして、寝る。

「なにがぜいたくだ……ただの監獄じゃないか。
 あーーあ、オムライスが食べたい」

愚痴ったその翌日、オムライスが食事に出された。

「え、どうして!?」

「ここはぜいたく監獄じゃから
 どんなものでも望めばわしらで用意するんじゃよ」

オムライスは監獄で申し訳程度に作ったものではなく、
一流のシェフが作ったものを取り寄せたらしく最高だった。

「ああ、なんておいしいんだ!
 ここにテレビがあればいいのに!」

感動のあまり自然と口が滑った。
夢物語を語るようなトーンで言ったものの
翌日には大画面テレビが俺の牢屋に運び込まれた。

「え、いいの? 監獄だから外界の情報を……」

「ここはぜいたく監獄じゃからのぅ」

「それじゃ、最高級のベッドが欲しい!!」

俺はぜいたく監獄の良さをすっかり実感した。


それから、あっという間に2年が過ぎた。

俺の牢屋は収監される前の自分の部屋よりも豪華になっていた。
大画面モニターが並べられ、牢屋は3階建て。
温泉つきで、食べ物飲み物はいつも満杯に用意されている。

「いやぁ、ごくらくごくらく。
 次はそうだなぁ……シアターが欲しいかな」

「チッ……わかったよ」

看守はしぶしぶうなづいた。
2年目になってから、あの盲目の看守は別の若い奴に変わった。
だからといって、俺のぜいたくに影響するわけではないけれど。

拡張された牢屋に映画セットが運び込まれ、
俺は最新映画をひとりで独占してみることができた。

「そうだなぁ、次はプールが欲しいかな。
 ああ、もちろん暖かい温水プールでよろしく」

「わかりました」

「あれ? また看守変わった?」

看守は態度の悪い男から、
なんだか気が弱そうな人に変わっていた。

「はい、前任者は自殺しました」

「うそ!?」

そんなふうには見えなかったけど。
どこかでストレスに耐えていたのかもしれない。


気が付けばもう刑期も残りわずか。

「ぜいたく三昧のこの生活も終わりかなぁ……」

「くくくっ、お前、刑期終わるのか。
 そりゃあお気の毒になぁ」

向かいの牢屋にいる男がくすくすと笑った。

「ここを出た人間がどうなるか、お前知らないだろ?」

「……どうなるんだよ」

「ここでのぜいたく三昧を体験したせいで
 まともな生活なんて我慢できなくなるんだよ。
 求める消費生活ができなくて、たいてい死ぬ」

「えっ……」

ふと我に返って自分の牢獄を眺める。
俺が出所して、仮に最高の仕事をしたとして、
これだけのぜいたくができるだろうか……いや、無理だ。

「まあ、せいぜい元の質素な生活を思い出すんだな」

「そんな……!」

焦る俺の気持ちとお構いなしに刑期はどんどん迫る。
そして、俺は思いついた。

「あの、ハンマーをください。
 絶対に壊れない最高に頑丈なやつを」

「いいけど……そんなもの、なにに使うの?」

看守はまた変わっていた。
もうあまり気にしなくなっていたけれど。

ハンマーを受け取った数日後、俺は壁に開けた穴から脱獄した。

「はぁっはぁっ……よし、ここまで来れば脱獄にあたる。
 あとはこのまま捕まれば、晴れて刑期延長だ」

監獄の外に出てすぐの場所で足を止める。
真っ青な顔をした看守がすっ飛んできて、俺を捕まえた。

もちろん、抵抗なんてしない。
願ったりかなったりだ。

「なんでこんなことしたの!」

「外の世界が見たかったんデスー」

鬼気迫る顔の看守にそれらしい理由を語った。
刑期延長するために脱獄したとバレるわけにいかない。

「ついてきて」

うきうきしながら看守の後ろを歩いていくと
行きついたのは俺の牢屋ではなく看守室。

「あの、俺の牢屋は……?」

「あなたは知らないだろうけど、
 脱獄した囚人は看守になるのがルールなのよ」

汚れた看守服に身を包んで、
脱獄したその日に俺はぜいたく監獄の看守になった。



「看守さん、一流シェフのフルコースが食べたいなぁ」
「看守さん、最高級マッサージチェア用意してよ」
「看守さん、最新のパソコンが欲しいな」

「……ああ」

囚人たちの希望に答えて、発注を行う。
そのたびにひどく劣等感が襲ってきた。

「あいつらはあんなにいいものを食べているのに……。
 俺は安いカップ麺に安い発泡酒……うぅ……」

檻の向こうでは
ぜいたく三昧の暮らしをしている囚人。
かたや俺は……俺は……。

「看守がすぐに変わっていたのは、
 この環境に耐えきれなかったんだ……。
 ああ、脱獄なんてしなければ……」

見せびらかすように贅沢する囚人を尻目に
質素な生活をするハメにはならなかった。

俺は手に持っている2本の割り箸を見つめていた。








そして、新しい人がぜいたく監獄に収監された。

お金を貯めるばかりで消費しなくなり、
景気をよくするためにここで矯正することになった。

「ここはぜいたく監獄。
 あなたが望めばどんなぜいたくもできますよ」

「……あの、看守さん。その目、どうしたんですか?」

「ああ、俺は目が見えないんですよ。
 若いときにつぶしました。
 それで、なにか注文はありますか?」

囚人のぜいたくを聞いてそれを発注する仕事を続けて数十年。
俺は誰よりもベテランの看守になっていた。

「看守長、辛くないんですか?
 僕なんて囚人どもの生活見ていると劣等感で……」

「ふふ、俺は見えないからね。劣等感もなにもない。
 毎日仕事終わりのビールさえもらえれば
 俺のぜいたくはそれでいいんだ」