エースを狙え
もう言葉はいらない。
俺は投げる事に集中し、打席に立つ平井を見て構えた。
投げる場所は決まってる。
俺が一番得意な場所。
内角低めにストレートだ。
プレートを見ると土が被っているので土を蹴るようにし、マウンドを整える。
そして振りかぶった。
軽く足を振り上げる。勢いをつけるために体を少し斜め後ろへ傾け、流れるように綺麗に倒していく。テイクバックを小さく取り肩の開きを抑え腕が上体の回転に遅れて引き出されるように、投げた。
時間が止まったように思えた。
静寂した。
俺は恐る恐る前を、捕手のグローブを見た。
ボールは中に入っている。
「はぁはぁはぁはぁ……」
俺は膝から崩れ落ちた。
●
平井は解っていた。
あの人は必ず内角低めにストレートを投げてくると。
だからそこを狙いにいった。
だが何かが変わっていた。何がとは判らない。だが確かに佐熊の様子が変わっていたのだ。
それはまるで今まで本気で投げていたのか判らない程にボールの勢いがまるで違っていた。
ジャストミートだと思った。
だがバットにボールが当たる瞬間にほんの少しボールが浮いたのだ。
「な!」
その瞬間、俺のバットは空を斬った。
結果は分かってる。
空振り三振だった。
そして改めて思う。
佐熊昇はどうしようもない程にネガティブな投手だが、野球センスは甲子園優勝投手と持て囃される三浦結城にも負けない…実力は完全に世代ナンバーワンだと。
●
「佐熊さん!」
息を整え膝に力を入れて起き上がろうとした時、平井が俺に叫んでいた。
俺は平井の方へ向く。
「俺は必ず来年プロへ行きます!」
だからどうした……
行けばいい。お前にはその才能があるのだから。
「俺はまた佐熊さんと勝負がしたい!」
無理言うな…
俺はごめんだ、化物め……
「佐熊さんはどうですか!」
何だその言い方…
反則だ、卑怯だ……
そんなの決まってる。
「プロで俺を待っていて下さい!!」
ああ…負けた。
これが俗にいう試合に勝って勝負に負けたということか……
ああ…本当に……
この時、母が死ぬ前に言った言葉を思い出した。
「後悔しては駄目よ…」
解っていたのかな…
だとしたら完敗だな…
ああ、本当に……この時ほど自分が嫌になったことはないと、そう思った。